マスクの存在しない世界に見るフィクション日米比較?

パンデミックの最中にもたくさんのドラマが撮影・放映されてきたわけですが、今回はそこで気づいたマスクから見たアメドラの構造について。ついでに日本のドラマとの比較も下の方でしてます。まあそんな大袈裟なものじゃないけど。

当然ながら対象になってるのはリアルタイムで現在を描いてるドラマ。でもすべてのドラマに当てはまるわけじゃないです。

 
コロナのニュースが世界を騒がせた2020年初旬からもう2年以上が経過しました。日本含めたアジアの人たちはすぐにマスクしたけど、欧米の人たちはかなり抵抗してたのも遠い昔の話。そのうち当たり前のようにマスクして――たかと思えばやっぱり嫌いみたいで隙あらば外すし、トラブルも多いしで、国や条例でマスクの装着を強制してた国も多かった。

続いてワクチンも出てきて、やっぱり欧米は国や組織が打つよう握力かけてたりワクチンパスポートとか言ってたり何かと強制的でした。

アメリカだと反マスク反ワクチンはコンサバティブ(共和党支持)かつトランプファンの人とかで、マスクもワクチンもする派はリベラル(民主党支持)って大雑把な分類は日本のニュースでも言われてた通り。

一方で日本だとマスクは社会的圧力で勝手にみんなつけてたし、ワクチン接種を勧めてたのは与党で、リベラルは「接種を強制するな」「打たない自由を認めろ」って言ってる人もいたりでアメリカとは逆だったね。ってアメリカの友達とかに話したらみんなへえって聞いてた。

まあ、ともあれアメリカだと「リベラルはマスク付けててワクチンも強制しろって圧力かけてた側」なわけです。そんなハリウッドやアメドラのショービズ界はリベラル主流な業界なので当然そっちの圧力が強い。

ここまでが前提ね。

 

アメリカドラマの整合性遍歴

そんなリベラル寄りの人たちがメインで作るリアルタイム世界のドラマでは、コロナの扱い・マスクの扱いに悩んだのではないかと。

ホントの初期の頃、世界中でマスクだの医療機器が不足してた頃は、アメリカとかはロックダウンしてたので物理的にできないってのもあって、多くのドラマの撮影も止まってました。一方で医療ドラマ制作陣が撮影用のマスクとかを寄付した、なんてニュースもありました。日本だと芸能人が寄付してたのはあったけど、さすがに撮影用のはあったかな?
 
そして次には、制作陣とかキャストは感染に気を付けながら撮影が再開――なんてニュースが入ってきました。この頃はリアルタイム世界が舞台のドラマでは、コロナの話が出てきたり、ドラマ中で登場人物がマスクしてるドラマもあった。

特に日本以上にたくさんの犠牲が出たアメリカだし、この先どれくらいパンデミックが続くか分からない状況だしで、リアルタイムネタとしては当然入れなきゃみたいな意識があったりもしたんでは。加えて前提の通り、ドラマ制作陣のリベラル派はコロナ撲滅を啓蒙したいって使命感もあるからさ。

多くのドラマの主人公はまあヒーローだし、リベラルな考えのもとに作られてるので、倫理的にもマスクしてコロナを防ぐ努力すべきだからさ。それにマスクなんてこれまで縁がなかったものをみんながしなければならなくなったのは、ある意味歴史的な出来事だからね。記録すべきことでもある。←大げさな。

 
でもさドラマでまでマスクさせると顔見づらいし声聞こえないし、耳が聞こえないけどドラマ楽しんでる人とか口の形で台詞判断できないし、まあ画面には適さないよね。←当たり前だ。バラエティとかは日本のも透明なアクリルボード置いたりしてたけども、ドラマはそうはいかないし。

それで気が付く事実。ドラマの登場人物がマスクしてると不具合が多い。←言わずともわかるって。

しかしそこに果敢にも挑戦してしまったドラマもあったわけよ。こんなネタにして馬鹿にするなよってファンの人に怒られそうなんでこそっとタイトル挙げるけど『Law & Order: Special Victims Unit』ってドラマよ。日本でも多分放映されたでしょうよ。見たことない人も是非見てみてよ。会話する時はわざわざ外すとか(唇読んでドラマ理解してる人への配慮らしい?)顎マスクとか、マスク使いがヘン過ぎてこれはしない方がマシでは、とかマスクばかり気になったし。

なんとなく「そこまでするのかー」からの「やっぱ無茶だよなー」って迷走ぶりが見えてたりして。制作陣の気持ちはわかるのよ。このご時世でリアルタイムの世相を反映したドラマを作っているのに、マスクを無視するのは…特にリベラルなキャラが…、マスクさせるべきだけど…、でもさせると画面に適さない…みたいな。←勝手な妄想。

そうするうちにリアルタイムではワクチンが広まって、打ったらマスク外してもいいよとか段々コロナ慣れしたり開放的になってきた。そこですかさずコロナが終わった世界に一足先になったりして。「あの時はマスクして大変だったねー」みたいな。これでとりあえずマスクの矛盾は解決と。

Law & Order:
Special Victims Unit:
Season Twenty-Two

※マスクマスクマスク!

一方でリアルなドラマ作りたいけど、さすがにドラマにマスクはないでしょって派のドラマ(実際はこっちのが主流だ)は、現実とフィクションの整合性を取るために、他は時事ネタだらけでもコロナもマスクも存在しない世界を作ってたね。そもそもコロナが存在しない世界にしてしまえばマスクもいらないのだ!と、マスクをさせないためにコロナの話題も(意図的に)触れないようにしてたわけ。

まあ完全に無視してたドラマばかりじゃなくてコロナの話題も出しつつも、マスクしてないのもあった。それが普通だろって思うけども、「○○州はマスク必須の法律あるのにキャラがマスクしないなんて!」みたいなクレーマーとかいそうじゃん、アメリカ。なのでコロナ自体を断固無視する方が作りやすいんであろうと。

 
しかし完全に存在しない世界にしてしまうとそれはそれでまた別の問題が。

日本だったらコロナの前から花粉とか風邪とかで何かとマスクする人たちがいたので人混みの通行人(一般人)にマスクしてる人が映ったとしても違和感ないわけですが、アメリカは違う。コロナの前は、マスクなんてしてたら避けられたとか殴られたって話は日本でも聞いたでしょうよ。

つまりコロナの存在をドラマから消すなら、画面に映る人たちからはすべてマスクを排除しないとならないわけ。アメリカだと一人でもマスクしてたらおかしいんだから。

なので実際、コロナの存在しないドラマだと、街中の人混みシーンが映ってても誰一人マスクしてないって徹底されてます。モブも向こうの方の通行人もよ。マスク強制時期に撮影されてたやつもよ。

実際そこに気付いてしまうと、人混みシーンを見るたびにマスクを探して…いない、すげー、すごい向こうに映ってるモブの人もつけてないよ。これは動画編集で消してるのかな、はるか彼方に映る人もエキストラなのか、もしくは通行人にもマスク外すお願いしてるのかなーとかどうでもいいところが気になるという。あほです。多分CGでテキトーに消してるんであろう。

 
……で、こうやって書いてるの見て、「なんでそんなところで迷走してるんだろうアメドラは」って思った?そこが日本との違いなのです。

 

フィクションの日米差?

ますどちらの場合も、リアルタイムの現代もの以外は除きます。歴史ドラマは当時のコスチュームとか小道具だし、コロナなんて勿論存在しないから。その上で比較すると。

日本のドラマではリアルタイムの時代を扱っててもまずドラマの主要キャラが現実に合わせてマスクするなんて想定してないし、見る側も求めてないと思う。実録漫画みたいなのは「※実際はマスクしてます」みたいにクレーム対策してるの見たことあるけども、フィクションで現実に合わせてマスクまでさせるって発想があまりない。

だって架空の世界の話だから。

 
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

「この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。」

ドラマもアニメも大体、こんなのが出てきます。たまに名前がかぶったり、ドラマの境遇とそっくりの人生送ってる人がいたりして、中にはそれを気に病んだり、「これは私のことか!」とかクレームつけてくる人もいたりするそうで、こういう注意書きしてるようです。特に法律で決まってるわけじゃないらしい。

 
そういう配慮がある故か、日本のフィクションはドラマに限らずアニメ漫画、純文学や私小説除いた大衆小説なんかでも、基本はパラレル世界のお話です。要するに実在の団体や固有名詞を架空の設定にします。地名くらいはそのままだったりするかな。

パターンをあえて破って実在の場所とコラボしたりのご当地アニメみたいなのも最近はあるみたいですけども、それはあえてやってるわけで、基本はぼかすでしょ。

電話番号とか郵便番号の一部を伏字にしたり桁数を変えたりで、リアルでいたずらや間違いがないように対策してたりもするね。アニメとかだと同じ名前の子供がいじめられないように、悪人はリアルと被らない変わった名前にするなんてのもある。

警察とかは実在通りだけど存在しない部署にしてたり、みたいな。銀行とか有名企業も一文字変えたりみたいな。

『The Equalizer』はビリー・アイリッシュやウィル・スミスやTwitterなんかの存在する世界。しかし誰もマスクしない…。


一方でアメドラでもメイン組織やお店が架空の企業が舞台はよくあるけども、流行りの商品、サービスや有名人名とかは割とそのまま実在名が出てきたりすることが多い。リアリティとリアルタイム感を出すためね。

『Google』『YouTube』『Twitter』『Facebook』みたいなインターネットサービスはよく見る。デパートやスーパー名みたいのもたまにある。けどおそらくスポンサーの絡みか食品とかは少ないね。

台詞には出さないけども、特定のエリアやグループが金持ちばかり、みたいなのを表現するのに、外車がドーンと並んでる表現もあったり。庶民は庶民車よ…。

対して日本のドラマだと、NHKがニュースで商品名とかを挙げないってのと同じようにぼかされるじゃん。「インターネットの検索サイト」とか「SNS」とか「動画配信サイト」みたいな。車もスポンサー以外はロゴ映さなかったり。

Donald Trumpのimdbを見ると役者としてはほぼ本人役
https://www.imdb.com/name/nm0874339/

更には人物名もアメドラだと実在の歌手や役者から、アメリカの有名コメンテーターとかスポーツ選手とか、いろんな有名人の名前もドラマ内に出てきたり。ローカルCMネタとか内輪ネタすぎると私は見てても分からんのが多いんですが。そういうのは日本語化される時にも翻訳者を泣かせているでありましょう。

トランプ元大統領もビジネスマン時代にドラマや映画で何度かカメオ・ゲスト出演してたとかあるけども、現実の有名人がドラマ中にも台詞に出るし、本人が本人役で出てくることもある。スポーツ選手とかもちょっと演技してみたり。

この辺も日本のドラマだと、歌手がドラマで歌手役して歌っても、本人役じゃなくてドラマ内のキャラクターとしてで架空名になったりするのが多いんで、やっぱり差があるんでは。
 
とはいってもすべてがこうってわけじゃないけども。
 

リアル度を分類

  1. リアルを追求するために作中のキャラクターにマスクまでさせてしまうパターン
  2. たまに実在名称が出つつもマスクとか都合が悪い出来事だけは世界から消すパターン
  3. NHKのニュース並みに実在名は出さず完全に架空の世界にするパターン

日本のドラマ・フィクションはほぼ3ではないかと。アメドラでもドラマのテーマや空気感、制作陣の意向とかも入るので、私が今見てる同じCBSのクライムドラマで比較しても『Blue Bloods(ブルー・ブラッド)』は日本のドラマ並みに実在名なくて3だけども、『The Equalizer』は人名企業名とか出まくりだけどコロナが混在しない2です。1はさすがに少ないね。

 
ネット配信だけど『Billions(ビリオンズ)』は映画やドラマのネタがいろいろ盛り込まれてますってのが話題になってたように、そういうのを売りにしてたりもする。コロナもエピソードに出てきてた。

『The Mandalorian(マンダロリアン)』のとこで私、スター・ウォーズは子供の頃に日本のテレビで見た程度の知識しかなかったって書いたけども、それでも「○○が父親なんでしょ」みたいなよくわからんオチだけは全く関係ないアメドラで一昔前はよくネタに出てきた知ってた、とか。「I am your father.」ネタがあちこちにあったので…。

アメドラだと定番ネタ・流行ネタとして他社のでも有名ドラマの話題出したり固有名詞出したり語らせるのもあるね。

 
更にドラマでは社会問題を描くとかの社会派の面もあって、時事ネタが多くなる。これは実在名称出てこないドラマでも同じ。現在の人種差別問題や移民問題や貧困とかのリアルに即したいろんなテーマのエピソード作るからさ。まあジャンルによるんですけども、クライムドラマとかは特にね。そこで実在の名前がやっぱり出たりもする。

私はクライムドラマばかり見てるから例が偏るけど、過去の回想シーンでは歴代大統領の写真が壁にあったりとかスピーチが引用されたりなんかもよく見る。時代表現として壁にオバマの写真があったらオバマ時代、みたいなのとか。少し前はトランプをネタにした台詞もあった。

こういうのも日本のドラマだと歴史物カテゴリでしか見ないと思う。現代ドラマだと政治家や首相の名前も元ネタを匂わせつつの架空にするのが多いんでは。これは日本では政治をドラマに持ち込むのもいろいろ面倒なので避けがちだからってのもあるね。そもそも警察署に首相の写真とか飾らないし!って文化の違いもある。

 

何をドラマに求めるか

つまり、フィクションの世界では完全に架空の舞台・キャラクターを作りたがる日本と、リアリティを求めたがるアメリカの差があるのかもしれない。

『マリオはニューヨーク育ちのイタリア系アメリカ人』のとこでも書いたけどさ、キノコの化け物踏んづけてる子供向けのゲームのキャラクターに人種問題とか生々しくて絡めたくないでしょ。架空の星のキャラでいいって日本人は思うけど、マリオって名前だからイタリア系だぞ、ニューヨークのブルックリンに住むイタリア系移民…って方がアメリカ人はバックグラウンド含めて関心持つらしい。

そしてこのフィクションに何を求めるかの差がアメドラ(に限らず映画もアニメも、ヨーロッパのも割と似た傾向っぽい)の人種や役者のアクセントにやたらこだわる流れにもつながるのかも。

マリオはニューヨーク育ちのイタリア系アメリカ人でないと?

だからこそアメドラは登場人物にマスクさせようとしてみたり、逆にネトフリだのユーチューブだのtiktokだのQアノンだの歌手だの今時の単語がガンガン出てきてるのに、コロナだけは存在しない世界を作ったりして現実との整合性に苦慮してるわけ。

まあ存在させると画面上設定上面倒くせーからであろうってのは上で想定した通りで、大人の私は当然わかってみてるわけですけども。「こういう時に日本のドラマはそもそも架空の世界だからマスクなんて気にしないよ」って違いを考えてみたりした。ってのが今回の話でした。

個人的には、日本で生まれ育ってきたおかげでフィクションは架空の世界であってほしいタイプなので、ドラマ内で「ぐぐれば?」とかキャラクターに言われちゃうとなんか軽いなーっと思ってしまったりもする。これも文化差なのかもね。

    

※実在名がたくさんだからリアルなドラマかって言うとそういうわけでもない…。