パンチより平手打ちのがやばいアメリカの歴史

先日のアメリカのアカデミー賞授賞式でコメディアンのクリス・ロック(Chris Rock)のジョークにキレた俳優ウィル・スミス(Will Smith)が平手打ちしたニュースが日本のニュース記事でも話題になってますが、その話をアメリカ人に解説してもらったのでちょっと備忘録。

まず日本人(私)に理解できないのは、平手打ちしたほうの処分が重すぎることと、コメディアン側が最初に彼の奥さんの病気をネタにした件はお咎めなしどころか、彼がヒーロー扱いなとこ。

 
そもそも殴りつけたわけじゃなくて、ペチンて叩いただけで本気じゃないじゃん。その後のFワードは悪かったとも言うけど、あれキャリアも賞も失うほど悪いことか?むしろあのジョーク見ててヘラヘラ笑ったままだった方がまずいんでは。

相手の側も、いくらコメディとはいえ言葉の暴力もあるんだから。手を出したのが悪いってのは認めるけど、病気ネタの笑えないジョークの件は謝罪すべきだし、罰受けるべきでは。

――私の意見はこれでした。日本の記事見た限りでは、多分日本人の一般的な意見ではないかと。

忠臣蔵の例が出てる記事もあったけど、あれも今だと諸説あるらしいけど、少なくとも吉良がお咎めなしだったから赤穂浪士は仇討ちへ行ったわけで、主人の切腹の際に合わせて何らかの処分があれば討ち入りまではしなかったんではないかと。今回も片方が切腹お家取り壊し並みになってるのに、片方がノーダメージだからモヤモヤよ。

と、アメリカ人にこの国の常識はどうなってんだと聞いたわけ。以下アメリカ人の(私の友達一個人の)答え。

    

俳優側の問題

・ペチンて叩いたからまずかった。パンチのがマシだった。

黒人が奴隷とされていた時代に、彼らに白人(主人)が言うこと聞かせたりするのに平手打ちをしたから、アメリカの歴史的には平手は最大の侮辱になる。パンチの方が平等に戦ってるだけ相手に対する尊敬がまだある。

手加減したからいいじゃん、じゃなくて。手加減してるのは舐めてる。でもなくて、歴史的に相手を馬鹿にする行為らしい。それは同じアフリカ系同士でもダメで、むしろアフリカ系の役者がそれをやったから、奴隷時代に先祖が受けた屈辱をお前が真似るのかってアフリカ系の人たちがキレた…らしい。

他にも唾吐くとか、当時を連想させるタブージェスチャーはあるそうな。勿論、いわゆる『Nワード』もアウト。

 
・とは言うものの暴力も絶対ダメ。

パンチのがマシとは言っても手を出すのは絶対悪。実際だとアメリカでも悪口言われてカッとなる事件はたくさんあるわけですが、むしろ銃とか持てる分、日本よりやばいわけですが、だからこそ暴力の解決は絶対許されない。

これは日本の記事でも同じこと書かれてるの見たけど、「アフリカ系は短気でキレやすい、すぐ暴力ふるう」って偏見がある中で本当に暴力をふるったことも、偏見じゃなくて事実だって言われてしまうってアフリカ系の人こそ怒ってる点らしい。

 
・授賞式の場での『Fワード』も絶対アウト。

アメリカは地上波では『Fワード』はアウトです。けどケーブル配信やハリウッド映画では「f*ck f*ck」言ってんじゃん。日本人がハリウッド映画で連想するのはその単語かってくらい有名だよ、と言ったら笑われましたが。

フィクションでは確かに連呼してるけど、とりあえずちゃんとした場所でこれ使う大人はアウトです。街中とかで言ってくるやつがいたらやばいから逃げていいって。ただ仲間との場とか許される関係ならセーフかもとも言っててTPOの問題らしい。勿論ポライトな方々はいついかなる時も言わないけどさ。

この辺の感覚分からない日本人は人前で言わないほうがいい単語ではありますが、アメリカは『fu*k』と『sh*t』は地上波駄目だけど『bi*ch』はOKみたいなレーティングもある。ドラマ見てる人は知ってると思いますが、ドラマは「お前の母ちゃん出べそ~」言ってる。

あと地上波で『ass』はOKだけど『assh*le』はダメとかの微妙なラインもある。私的にはこういう「お尻」までならテレビでも乙女でも言っちゃうのはセーフだけど「お尻の穴」は配信で…みたいなレベル分けの方が分からんのですけども。乙女でも汚い単語使うってのがショックよ。

まあとりあえず『Fワード』は『Nワード』と同じく差別語ジャンルなんでしょう。バカボケアホ死ねとかの罵倒語というより、日本で言ったらBとかZとかいうようなやつ。だから絶対タブーなの。

 
・この3点をやったから絶対に許されない。

結果として、処分が重すぎるのは、こんなことやったんだから追放されても仕方ない、てなるらしい。

アフリカ系の女性たちの多くが脱毛症に苦しんでてネタにされるのを嫌がってるし、やり返してくれてよかったって人もいるけども、だからと言ってこの3点は許されるわけではないと。

アメリカドラマの罵倒語に見る文化の考察


 

でも、いくらジョークって言ってもコメディアンにお咎めないのは?

・言論の自由がある&コメディなら何を言っても許される。

うちの友達は正直、ああいうジョークは笑えないし自国のおかしな点とは言ってたけども、スタンダップコメディの場なら何言ってもいいらしい。とはいっても抗議受けて炎上もよくしてるって。

差別・病人を笑うことも普通は勿論よくないし傷つく人もいるけども、「ジョークなので」許されるんだそうな。いろんなジョークがあってその中にはが気に入らないものあるだろうけど、いちいち気にして傷つくな、ただのジョークだってのが受け流し方らしい。

「それ笑えないし、こういうジョークで笑うのはおかしい」って訴える人いないの?って聞くと、嫌ってる人は多いけど、基本的にアメリカ人には自分の思ったことを何でも口にする権利があるので、それを潰すなって擁護されるらしい。

つってもコメディとしてだから差別でもなんでもありなだけで、街中で差別用語口にして誰かを攻撃したら社会的に終わるし、やっぱりTPOは大きいけども。けどそれをする行為は止めないらしいよ。仕事失うのもその結果の責任と。

ここは正直、絶対マスクしない派と一緒で、それをする自由があるって考え。戦っても権利を勝ち取るぞって言われたら、やめろと言いにくい…。周りの目を気にしてマスクしちゃうような世間体気にする日本人(私だ)感覚では理解できません…。

 
・ついでに言うとコメディアンにネタにされるのは名誉。

みんな知ってる有名人だからこそネタにされるし、選ばれるってのは名誉なことらしい。

更にアメリカでは集中砲火受けてネタにされることを『roast』って言うんだそうで、セレモニーでわざわざコメディアン呼んでゲストをネタにいじってもらったり、主催がゲストをネタにして笑い取ったり、更には個人のパーティーとかでも主催をネタにして炎上させるのがあるらしい。不快なネタもあるんだと。『roast』ってカタカナだと『ロースト』だよ、ニュアンス分かるかな。だんだん燻されてこんがり焼けるってことよ。焙煎よ。とタイトル画はこれ。

全くもって理解できない文化です。ケンカ売られてるとしか思えない。お祝いの場でこれやられたら「嫌われてるから嫌がらせされたんだ」って泣きながら部屋に駆け込むよね。

しかし今回のもこれだったということらしい。なのでローストされてマジ切れするのがおかしいと。

そしてこういう文化と土壌を前提にすると、コメディアンは仕事しただけだし、平手打ちされてもそれをネタにできたくらいなのでお咎めがあるはずもないし、むしろよくやったってヒーローになるのも当然。

勿論アメリカ人でも「処分厳しすぎ」とか「あんなこと言って煽った方が悪い」って思う人もたくさんいるけど、一連の流れを説明するとこうなると。

 
……と言われても、正直、この悪趣味カルチャーを受け入れられないと納得できません。説明されて理解はしたけどやっぱりまだモヤモヤする。『電球ジョーク』の話のところで、アメリカの笑いがたまに理解できないって実例挙げて書いたことあるけど、やっぱり異文化の笑いを理解するって難しいわ。

ちなみに日本の記事で、コメディアンが白人だったら彼が悪くなっただろうって書いてあるのもあったけど、この友達曰く「相手が白人だったらウィル・スミスは叩かなかった」って。これも歴史的背景から命の危険がある行為なので、相手が銃持って襲ってきたみたいなリアルな戦闘の場でないとそんなことしないって。だから成立しない仮定なんだそうな。あくまでも私の友達の意見ではあるけども。

 
日本の仇討ち文化も他国からは理解されないかもしれないけども、このアメリカの歴史の闇に基づいた背景も日本人にはなかなか理解が難しい。

ゲット・アウト(字幕版)

※言葉の差別がなくなった世界…。