そこのアジア人と言ってはいけないアメリカドラマ

私が好きなクライム系とかのドラマだと、怪しいヤツや犯人を捜すシーンがたびたび出てきます。その際に「こんなやつを見なかったか?」と聞くわけですが、人種とかの特徴を言うのはタブーです。最近はポリコレって何かと言われてますが、これは結構古いドラマでもそう。

ではどう表現するかというと、その場にいる人のことなら「あのアジア人」とは言えなくても「あの赤い服の人」って言える。けどその場にいない人だと差別にならずに特徴を伝えるって難しい。なので大体ドラマだと、髪の色・瞳の色・性別や年齢とかで聞いてます。実際にもアメリカでは免許証とかで髪色・瞳の色の項目があるそうな。が、たまにそれはそれでツッコミどころが。

– He was a big guy…about sixty…blondish gray hair.

訊ねてきたのはどんな人だったか聞かれて、「彼(男)は体格がよくて六十歳くらいで、元ブロンドの白髪頭」って言ってる。この辺はまだわかるけど…。

– Our suspect is 6’2″, 180 pounds, dark hair, dark eyes.

「容疑者は身長188cm、体重約82kgで暗い髪と目の色だ」って説明してる。

こっちは逃亡者を探してるってシチュエーションの差は置いといて。アメリカ人は身長や体重言われて「ああ、あいつか!」ってわかるのかよ?みたいな。日本だと「中肉中背」だとか「痩せ型」とか「太ってる」とか大雑把には言うものの、細かく言ってるのは見ない。けどアメドラでは何回か見た。もしかしたら細かいのは資料を見て探してます的な組織的なものを示してるのも知れない?

おそらくそんなことまで考えてドラマ作ってはいないと思うけど、もしかしたら身長・体重を言うことで暗に人種を示してるのかもしれないと深読みしてみたり。同じ人種でも背が高い・低いである程度は国が絞れたりするし。そもそも188cmって言われた時点でアジア人は弾かれそう、とか。まあくり返すけど、そんなとこまでは考えてないと思うけども。

他にも足のサイズが何インチって言ってるのもあったけど、それは思い切り画面に突っ込んだ。足のサイズで「あいつのことか!」って分かるの?アメリカでは?と。特別でかいとか特徴があったのかもしれないけれど、いくらフィクションにしても不思議です。

そのまま日本に持ち込むと…

こういうのはもちろん肌の色・人種で差別してはならないって配慮からなわけですが、その点の努力は分かるんですが、でも一方で日本人の私からすると『これだって所詮は白人基準の配慮だよね』と身も蓋もないことを思ってみたりもして。上で書いた免許証とかの項目もね。

どうしてかって言うと、髪の色と目の色にバリエーションがあるのはほぼ白人だけだから。混ざってる人も多いし、有色人種も染めれば茶髪も金髪も紫もピンクもあるし白髪もいるけど、ベースはdark hair, dark eyes (brunet / brown hair, brown eyes) で、ほぼ肌の色と同じ固定だから、身体的特徴って点ではそう変わらんじゃんと。もちろん例外もいるけど大多数として。

実際、上のを日本人パターンでやってみると、

– He is dark hair, dark eyes, 175cm, 70kg.

「黒髪・黒い目、身長175cm、体重70kgくらいの男」とかになりますが、これ街中で見回したら、10人のうち7人くらいは当てはまるのでは。年齢入れて絞ってもやっぱり該当者だらけになっちゃう。

– She is brown hair, brown eyes, 160cm, 50kg.

女性の場合。これだと『日本の平均』になってしまう。就活ファッションの没個性化とか、数年前の某IT企業の入社式が量産型って言われてたけど、あんな感じの図が思い浮かびます。やっぱり髪と目の色じゃ区別つかない。同世代は身長体重も大体似たり寄ったりだったりしてるし。

なのでアメドラでよく見かける髪の色とかを聞くシーンは、金髪長髪のバンドマンとか、例外的な変わった髪色のキャラクターを探す場合を除いたら、日本のドラマではまず見かけませんし、使えません。実際にも同じ人種ばかりのこの国では、どうやって容疑者を探してるんでしょうかと、真面目に考えこんでみたり。

まあ、同じ人種ばかりだからこそ、二重とか目が大きいとか痩せてるとか、細かい差異で区別しているんでしょう。

日本の女性のダイエットや美容命な面とか、学校の校則の髪の色とか髪型とかの細かさも、こういう横並びで全く同じ人種だからこその差異へのこだわりなわけで、身長体重、体格・骨格から髪や目の色もバラバラな多民族国家だと、他人よりどうだって比べなくていいところは羨ましいかもしれないと思う。と、急に現実に返ってみたり。

でも日本もこの先、移民が増えて、髪の色や人種が多様化したら、アメドラみたいな探し方が普通になるのかもしれない。

フィクションと規制

配慮と言ったら、アメリカは最近は銃に対する規制推進を呼びかける声も大きくなってます。乱射事件とか多発してるし、デモも起きてるし、誰だって自分が撃たれるのは嫌だし、当然かと思います。そして役者さんにもリベラルが多いので規制賛成を表明する人も増えてる。

それだけなら思想の問題なので「アメリカの有名人ははっきり主張するよね」で終わる話ですが(他人事すぎる…)、この辺がフィクションドラマにも及んできてます。煙草やアルコールのシーンを規制するのと同じように、銃や武器もそうすべきって主張です。実際、ポスターの武器が削除された例もあったし、徐々に規制が入ってる。

それがエスカレートすると、アクションやクライム系のドラマ全滅だし、そういうの好きな私みたいなのも困るし、そっち系の役者さんもジャンル変更が求められてしまう。実際、銃が出てくるドラマはもうやらないって恋愛系メインに転向した役者さんもいるそうな。まあアメリカは銃団体とか強いし、アクションドラマはやっぱり人気で輸出して外貨獲得にも役立ってるようなので、そう簡単には廃止にはならないようですが。←希望的観測。

個人的には年齢制限を厳しくしていいから、フィクションは残してほしいと思ったりします。けど日本人から見たら銃をバンバン撃ってるアクションシーンは刀振り回す時代劇と同じくらいフィクションだけど、アメリカ人から見たらリアルの延長にあって危機感が違うのかもしれない。そこは安全な国で他人事で見てる私が言える立場ではない部分もあるんだろうと思ったり。日本だと性的な表現の問題が事件の度に話題に挙がるけど、それと同じようにアメリカでもフィクションが犯罪を助長するって理由で武器が議題になっているのかもしれない。フィクションとリアルの境は難しい問題です。