【前編】ノワールによくある『主人公』と『聖母』と『魔性の女』とは?

戦争にインフレに何かと憂鬱なニュースばかりの昨今ですが、そんなわけなのでたまにはアホな話で息抜きしようと今回はお気楽なネタを持ってきました。先日古いノワール映画を久しぶりに見たのもある。なのでテーマはノワールのお約束の登場人物ネタを分析しつつ改変してみようと。長くなったので前後編に分けました。

 
まずノワールってなにかって言うと、フランス語で黒を意味する『Noir』から来てる創作のジャンル用語(?)。その昔はフィルム・ノワールを暗黒映画、ノワール小説は暗黒小説とか直訳してたりもしたそうな。

ちなみに同じ黒の意味でも英語の『Black』でブラック・フィルムだと、黒人映画・アフリカ系の映画で意味が違ってしまいます。こちらにも『ブラックスプロイテーション(Blaxploitation) 』ってギャング・犯罪映画のテンプレ設定があったりしますが、その辺の話はまた別の時に。

 
ノワールのジャンルに入るのは、クライム、サスペンスや暴力的な犯罪物語で、シニカル・冷笑的とか虚無的とか退廃的とか寂寥感とか、陰鬱そーな形容詞がついてることも多いやつ。暗~い話だからノワールだ。なので大体アンハッピーエンドです。救いのない、後味の悪い話が多い。正義の味方より悪役が好き・不幸設定大好物の私はノワール大好きなんだけど、世の中的には人気がない…。

映像の場合は一般的には『フィルム・ノワール』という1940年~1950年頃のモノクロの映画で主にクライムやサスペンス系の映画のことを指してたりするのが多いんでしょうか。私立探偵が謎の美女の依頼を受けて危険に巻き込まれる――みたいなやつが典型的。そうなる運命だったのだ、みたいな。

私立探偵って辺りで『ハードボイルド』ともジャンル被ってますが、そっちは主人公の男らしさやブレない生き様に主が置かれてて、ノワールになるとちょっとロマンスとか入ってくる。クールな主人公が美女の誘惑を突っぱねてたらノワールにならないのでね。ノワールは美女も大きな要素。

金髪美女はどこへ消えたのか?

『金髪美女はどこへ消えたのか?』のところで、一昔前の映画やアメドラは金髪美女ばかりだったのに最近は減ってるって話をして、けど金髪全盛より前の時代は実は黒髪ばかりだったって話も書きましたが、画面がモノクロなせいかこのフィルム・ノワール時代の美女は髪色濃いめです。

まあ髪色は今回関係ないんですが。こら。

じゃあモノクロ映画じゃなかったらノワールじゃないのかっていうと、カラー時代になってからの似たような構成の犯罪映画も『ネオ・ノワール』て呼ばれてたり。有名どころでは『チャイナタウン(Chinatown)』とか『タクシードライバー(Taxi Driver)』がこのネオ・ノワールに入ります。が、もっと近年のでも最近のもノワールっぽいのはみんな『ネオ・ノワール』って言われてるから、私がノワールって思ったらノワールでいいんだよ、みたいな定義の曖昧さがある気が…。

 
アメリカのはそんな感じですが、少し前の香港映画とか含めた近年の『アジアン・ノワール』だと、どちらかというとバイオレンスとかアクションメインで、出血多めでグロい話が多い気が?

こっちはキャラのテンプレも何となく違っててあまり美女に篭絡されてない。むしろ美女にも非情である。ハードボイルドの系譜って感じの男の世界ね。アメリカだと昔のヤクザ映画も『アジアン・ノワール』のカテゴリに入ってたのを見たし、分類はまあ言ったもの勝ち的な部分はあるというか。やっぱ曖昧だ。

というわけで今回のネタはアメリカの古典ノワールの方です。

    

 

古典的ノワールによくあるテンプレ。大体の構成とキャラクター

主人公は大体探偵とか孤独な職業についてるニヒル(死語)なタイプだけども、無垢で彼を慕って受け入れてくれる恋人なり奥さんがいる。ある日、奥さんとは正反対のタイプの妖艶な美女がトラブルを持ち込んだり・助けを求めてくる事態になって、主人公は一肌脱ぐことにする。

美女と親しくなるうちに、貪欲で危険な彼女の虜になって一線を越えてしまい、奥さんよりも夢中になってしまう。仕事の依頼の方でも、彼女は一線を越える提案をしてきたりで、このまま深入りすると危険だと薄々思いつつも、抗えずに破滅を選んでしまう。

――どこかで見たような話でしょ。これがタイトルにも挙げた、『主人公』『聖母』『魔性の女』がメインキャラの物語のテンプレ。

 
とは言っても聖母キャラがいない、主人公と彼を翻弄する魅惑的な美女だけのバージョンも多いし(少なくともこのふたつがあるとノワールと呼ばれやすい)、逆にこのテンプレを使ってないのもある。

とはいえ「あんな危険な女はよせ」「奥さんを泣かせるな」って説得されても主人公は美女を選んで破滅に向かってしまうとか。美女側も大体奥さんと反対で強引に誘惑してくるキャラで、実の夫がいながら主人公に乗り換えてくるとか。困ったなと言いつつはまってしまうのがお約束。
 

  • 主人公:基本的に男前。ハンサム。優男(これも死語か)。なのでモテる。仕事の腕はいいけども社交的ではなくて、頑固だったりこだわり持ってたりするけども、奥さんはそれを理解して受け入れてくれるみたいな。まあ一昔前の男性の理想のタイプだったりするね。美女の頼みを聞いて、危ない橋を渡ったり犯罪に手を染めたりもする。なので正義の味方ではない。
  • 聖母:妻か恋人。主人公を慕う従順な女性。幼馴染だったりすることも。これも一昔前のテンプレなので今時はこんなキャラ出したら怒られたりもしますが、これも男性の理想のタイプなのかな。聖母っていうのは主人公を無条件で受け入れてくれる『母性』の象徴みたいなところから。いい奥さんになりそうなタイプってやつよ。
  • 魔性の女:聖母に対するのがこちら。ワイドショーとかで不倫略奪する女性とかも『魔性の女』って呼ばれたりしますが、カタカナだと『ファム・ファタール』です。やっぱりフランス語の『femme fatale』から来てるそうな。

    こちらは欲望に貪欲で悪いこともするし性的にも開放的だったりして、色仕掛けで男性を誘惑して思い通りに操って破滅に導く女性。若いと『小悪魔』とかも言う。単独で魔性の女キャラが出てくる創作も多いし、このパターンの美女は割と人気だし私も好きですが。こっちは男性にとって火遊びしてみたい理想のタイプではあるのかね。

 

実用編。実際の映画で見る…ので当然ながらネタバレ。

『過去を逃れて(Out of the Past)』1947年

せっかくかわいい恋人がいるのに美女に篭絡されて破滅してしまう。
Out of the Past

モノクロ時代の映画でまさしく古典のフィルム・ノワールです。今回久しぶりに見たけども、この映画は王道テンプレです。

身分を偽って恋人と平和に暮らす主人公。そこへ訪れる過去の仲間と謎の美女。彼女に唆され助けを求められて味方になるものの、何度も嘘をつかれ、陥れられもする。でもなんだかんだで抗えない主人公。殺人犯の濡れ衣せられてたり。そして最後には彼女に罪を償わせるため一緒に事故に遭うと。残された恋人は彼を信じて待ってたけども、最後の彼の優しさの嘘で彼をあきらめる。切ない話でまさにノワールって感じ。

  

 
『蜘蛛女(Romeo Is Bleeding)』1993年

こっちはネオ・ノワールに入るやつ。
原題は主人公の彼がモテモテ(ロミオ=シェイクスピアから来てるモテ男の意味)ってとこから『Romeo Is Bleeding』ってなってるんですけど、彼が虜になってしまう魔性の女があまりにもインパクト強くて主役を食ってしまうキャラだったので、邦題はそっちに目が行った『蜘蛛女』になってしまったと。

この映画はマフィアのボスも裏切るわ、自分の腕切り落として死亡偽造して逃げちゃうわのメチャ強いロシアンマフィアの美女が私の好みのど真ん中なんですが、主人公を翻弄して破滅させてるって役どころとしてはやはりノワールの『ファム・ファタール』テンプレキャラです。魔性の女ってよりも魔女だけどさ。同じ『ファム・ファタール』でもアグレッシブで上とはだいぶ違うけどさ…。

話としては汚職刑事の主人公には料理好きな美人の奥さんがいるけれど、裏では愛人がいたり女遊びもしてる。マフィアにこっそり情報売って小遣い稼ぎもしてるけど、ある日依頼された案件はマフィアの女の情報で、死亡偽装して逃がしてくれって彼女とマフィアの板挟みになる主人公。彼女に篭絡されてマフィアを裏切るけど、バレて報復食らったり追い込まれていく。

この映画は昔よく日本のテレビでもやってたのでオチも知ってる人は多いかと思いますが、奥さんが実は夫の浮気を全部知ってたとか、マフィアの女は死んで主人公はまあ廃人だけど生き残るとか、多少の改変はあるものの、モテモテ主人公に、従順な妻、彼を破滅させる魔性の女、そしてアンハッピーエンドとノワールのお約束も詰まってます。

ほんとにこの映画面白くて私何度も見てるし、これ見た後に女マフィア役のレナ・オリンがフツーに主婦やってる映画見ていつ銃が出てくるのか期待しちゃったくらいなのに、こういう女性キャラも今はあまりよくないらしい。アメリカでは。

 

フェミニズム的とかポリコレ的にノワールキャラを分析すると――時代遅れとなる

男を手玉に取って破滅させるどころかマフィアのボスも彼女を恐れて始末しようとする強い美女ってカッコいいじゃんって思うんだけど、これも繊細でモテる男=主人公に対して、美女=強欲・不道徳・淫蕩・悪女みたいなネガティブな属性がついてしまってるから駄目なんだと。ずる賢い悪党イメージが美女への偏見生むとか…。悪役・悪女好きな私には納得できない意見です!プンプン。

一方で家でお料理作って主人公を待ってる奥さんみたいな、前時代的な貞淑な聖母タイプの女性も、女性は控えめで謙虚であるべき的な刷り込みになるから駄目。要するにどっちもダメなんである。

「おとなしい貞淑な女性を出さないのも多様性に反してる」「いろいろなパターンがいるのが多様性だろ」って批判する人もいるでしょうが、こういうのは女性はおとなしく男性に従うべき的な従来の固定観念を上書きするためにやってるので、そういうネガティブな考えが残ってる限りは避けるべきなんだそうな。

女性に対する従来の偏見がなくなれば、いろんなキャラが出せるってことらしい。理屈的には。

 
それを踏まえてみると、古典ノワールのテンプレだと必然的に男がモテモテ設定で、女は無垢な女や誘惑する悪女とかで男に都合のいい男の好む美女ばかりってなるので、今時はアウトなのも仕方ない点もある。上でも書いたように元々男の理想を盛り込んだジャンルなので今更な気もするけども。

ちなみに日本のアニメとかは、主人公の男性に従順でありつつ性には奔放だったりで、聖母と魔性の女がミックスされてるヒロインがよく出てくるそうな。その辺が「女性に主体性がない、男性に都合いい」って欧米では批判されてるのを見たことがありますが、知ったこっちゃないよね。こらこら。

 
ダメ出しばっかりじゃんて?じゃあどうすべきかというと、女性キャラはかつての白人男性のようにカッコよくモテて活躍するのがいい、となります。アメリカのポリコレ的にはね。正義の味方っていうか主役推奨でもあります。

でも「分かった、美女がモテモテで活躍する話ってことね」とか言っちゃうと、美女に限るのも差別じゃ!ってこれもダメだしされちゃう昨今であるのです。ルッキズムとか言って、美男美女ばかり出してんじゃないよ!ってなる。むむむ。

別のページでも書いたけど、昨今のアメリカではフィクションの登場人物の人種・性別・属性とかの配分をチェックしてる人、そういう団体がいたりします。なので、有色人種も女性も均等に活躍しないと偏ってるって言われる。ただ活躍するのでもダメ。主人公のサポートとか補助的な役割だと、いくら出番が多くても有色人種・女性はサポート役って刷り込みになるから駄目で、あくまでもメインで対等にが好ましいのです。

 
いわゆるベッドシーンでも、昨今では男性がリードして女性が無垢で受け身なのは駄目とかでアメドラは積極的な女性ばかりになっちゃったり。とか思えば合意なしでキスとかも駄目よとかいろいろ自主ルールがあったりします。眠っている白雪姫に王子様がキスするのはセクハラではってやつ。まあおとぎ話の原作はキスで目覚めたりはしてなくて後世の創作らしいですが。とにかくそういうのもよくないわけで、昨今はドラマも大体合意のシーンがある。

脱線するけど喫煙や飲酒シーンもレーティングが厳しくなったりしてるし、昔は急いで車で逃げるシーンはシートベルトなんて締めてる余裕ないから勿論描かれてませんでしたが、最近のドラマはちゃんとシートベルトしてたりします。ドラマは道徳を伝える場でもあるので、逆に現実的じゃなくなってたりもします…。

正直ウゼエって思う人も多いでしょうが、今時の流行だからさ。

そしてこういう制約を全部クリアしようとすると、主人公は男に女に中性の人に、あらゆる人種が混じって――と必然的に主人公が複数のスーパーヒーローものになってしまうわけで。マーベルとか人気なのもわかるっていうか、他にどうしろって言うの?ってなるよね。

【後編】に続く…。