Chernobyl チェルノブイリ3 ネタバレあり・ドラマを超真面目に検証【後編】嘘の代償

日本公開前に書いたネタバレなし概要と感想はこちら→『Chernobyl(チェルノブイリ)』
日本公開後のネタバレありの検証・前編はこちら→『Chernobyl(チェルノブイリ2)』
参考文献・映像情報→『原発事故を問う』補足 1994年NHKスペシャル『チェルノブイリ・隠された事故報告』

 
さて前編では、旧ソ連政府が事故原因を隠蔽しようとした背景――核兵器を含む原子力産業が冷戦下では国家機密であったこと、実際のチェルノブイリ原発事故の原因は1986年当初言われた運転員の過失による『規則違反説』から、1991年のシュテインベルク報告書、1992年のIAEAの改定レポート『INSAG-7』によって原子炉の制御棒に問題があったという『欠陥説』へと変わっている流れを書きました。

それによって、副技師長であったディアトロフや彼の部下たちのあの晩の言動も、再検証されました。彼らのミスと言われたものは、実際は欠陥が原因であり、AZ-5ボタンを押す前のトラブルもなかったと認められました。「We did everything right.(すべて正しくやった)」という彼らの訴えは正しかった。

一方で今回のHBOのドラマは、事故の起きた1986年から主人公レガソフが死んだ1988年までの2年間の物語であるので、その後に否定されている『規則違反説』をベースに進んでいることも実際の文献と比較しました。ドラマチックな物語を作る意図もあってか、なかったとされるあの晩の彼らのトラブルが映像化され、ディアトロフはフィクションのエピソードを加えてより悪人に書かれていることも。

それらを踏まえて今回は事故の後の出来事の検証になります。

He deserves death.

誰が死に値するのか?ドラマでは最初に主人公レガソフがディアトロフに言ってましたが、一応その前に「There were far greater criminals than him at work.(本当の悪党は彼ではない)」も言ってましたが、文献を比較すると本当にそれを言われるべきは、レガソフ自身の方であると思う。

ドラマでは1986年8月にウィーンでのIAEA会議に出る&出た話が4話の終わりから5話の最初にありました。そこは史実の通りです。その会議の場で彼が規則違反説を押して、制御棒の欠陥という部分を隠したのも事実と同じ。

ですが以下によると削ったのはもうひとつ。子供に対する影響。

『原発事故を問う』
一つは制御棒の構造、正のボイド効果を中心とするRBMK型原子炉の欠陥について。もう一つは、子どもの被曝に関するデータでした。事故直後の避難の遅れや、ヨード剤の配給がなかったことなど、対応に問題があったことを隠さねばならなかったのです。

政府が削除してレガソフはそれを公表しただけかもしれないけど、配給しなかった上に被害を隠すとか、これだけで死刑相当では?直接のテーマとは関係ないし、ここの部分に言及すると一気に彼が悪人になってしまうからか、ドラマでは触れられていませんでした。

福島の時もたくさんの親たちが子供を放射能から守るために避難したり食材を選んだりと苦労しましたが、同じことはチェルノブイリでもありました。福島の時は過去の情報の蓄積もありましたが、チェルノブイリはなかった。情報統制された中で細々と口コミで危険性などが語られてきた。彼もそれらを封じ、情報を隠蔽する側でした。

『原発事故を問う』
同志ゴルバチョフ。アメリカのスリーマイル島原発事故では、アメリカ当局は事故の内容についてわかっている情報のわずか四分の一しか発表しませんでした。そのことをよくお考えください。

これは事故の情報を公開しようとする書記長に対してのレガソフの発言。率先して隠蔽提案してるんだけど…。

※「同志」というのは「Comrade」の日本語訳。旧ソ連の場合は共産党員同士がそう呼び合ってたのが形骸化して後には「○○さん」と同じくらいの感覚になったらしい。だからドラマの日本語版冒頭シーンは「Comrade Dyatlov」って呼びかけを「ディアトロフさん」て訳してた。今のロシアではほぼ使われないので、フィクションでは冷戦ドラマのお約束になってる。

彼は更に、チェルノブイリの事故が仮に防げたとしても、欠陥を放置していれば、いずれは同じような事故が起きただろうって告白もしているようです。現場の問題じゃないって分かってたってこと。

HBO『Chernobyl S01E01』
Chernobyl チェルノブイリ実際は複数の爆発があり、原子炉自体が爆発した時間ははっきりしません。午前1時23分47秒以降、24分頃と言われています。

 
とは言うものの正直、レガソフは事故後に対応に来た中の一人なので多くは語られていません。

彼の死までの流れは『Midnight in Chernobyl』他いくつかの文献を総合すると、健康状態が悪化する中(ここはドラマの通り現地対応での被曝のせい)、権力闘争に敗れ、何度かの自殺未遂の後に完遂したということのようです。遺書がなかったので理由は分かっていませんが、事故の証言テープを残したことは事実。それを元にBBCがドキュメンタリーを作ってる。事故の後に内部で安全対策をすべしって訴えたのも事実らしい。その結果が権力闘争の敗北につながってる。

そして実際は裁判であんなカッコイイ告発はしていない。ゆえにKGBに24時間監視されてもいない。ドラマのあれは全部フィクションです。事故現場で対応にあたったのも彼を含めた事故調査委員会で、他にも放射線や原子力専門家たちもいました。

プライベートでは猫の代わりに妻子(娘と息子)がいて、死ぬ前に娘と孫の顔を見に行った。死んだのは現地時間で事件の2年後だけど、きっかり秒まで合わせて吊ってたのはドラマの演出。遺体の発見は息子。

I serve the Soviet Union.

事故の原因が炉の欠陥にあった点も、実際は事故直後には複数で指摘がされています。旧ソ連自身も事故翌月の1986年5月には既に極秘で原子炉の制御棒の欠陥を直してる。早っ!ドラマではラストの翌年7月の裁判で、レガソフが「まだこの国には同じ欠陥を持った炉が16もある」って訴えてたけど、実際はとっくに修正済みだったと…。

事故から4ヶ月後1986年8月のIAEA会議に提出した報告書にも、制御棒の長さを1.2m下げるという欠陥説を裏付ける改善策が盛り込まれていたというのも記録にあります。

それ以外にも、原因を告発したという人もいます。ドラマではホミュックが真実を突き止めた時に、レガソフは同僚ボルコフの話として1975年のレニングラード原子炉の事故の件を説明していましたが、ボルコフは実在の人物で、実際にもレガソフと同じクルチャトフ研究所の原子炉安全部長でした。1975年のレニングラード原子炉事故も現実の事故です。

ボルコフはその過去の事故で真実が隠蔽され運転員の過失が原因とされたことを思い出し、チェルノブイリの時も同じだと気づき事故の5日後には既に所長へ欠陥による事故の告発をしていたそうです。亡くなる前にアキーモフたちがそれを聞いていれば少しは救われたのにね。

事故の前からも彼は安全性を訴えてきましたが、事故後もくり返し手紙を出して、遂に政府の耳に入ったとか。『原発事故を問う』によるとそのせいでいじめられたり、(おそらくKGBの関与で)病院で受けた注射が元で脳卒中になり働けなくなったとインタビューに答えています。ひー。

この本には他にも、IAEA会議に集まった世界中の専門家に対して、レガソフたちが真相を誤魔化した政治的経緯が書かれています。冷戦中だったアメリカとの利害の一致による裏取引も。原子力産業って兵器とつながるだけに闇が深いのね。

事故の責任を負わされたトプトゥーノフの父親も、あれだけの設備なら、人間のミスは自動制御で訂正されるはずで、構造に問題があったはずだと抗議の陳情をしていたそうです。そして後のディアトロフもIAEAに対して専門家がいたのにどうして制御棒の欠陥に気づかなかったのか責める手紙を出したそう。彼らの返答は、旧ソ連が報告しなかったから見落とした。

ドラマで架空のキャラ・ホミュックを出した点について、脚本家は全ての科学者のヒューマニティ、良心の存在って言ってたけど、実際は良心は握りつぶされていたようです。

現実にはヒーローなんていなかった。

HBO『Chernobyl S01E04』
Chernobyl チェルノブイリ

ドラマのレガソフは、ホミュックを病院へ調査に行かせた挙句、彼女がボタンの疑問を口にした時は知らなさそうな顔して聞いてたのに、のちの4話後半で彼女が出した重要箇所が破られた資料は読んだことあったとか、その上で爆発するとは思わなかった信じてくれとか、1975年のレニングラード原子炉の事故の話も思いきり知ってて弁解したり、人災か問われてイエスと答えていたり、KGB怖い(超訳)って話にうなずいてたりしてます。

そのせいで彼女はKGBに捕まったりしてるのに。助けてたけど。笑。ジャレッド・ハリスの気弱そうな演技で信用しちゃいそうになるけど、ドラマ版の彼もなかなかの悪党ですぞ。一応その後に彼女の説得で真実を公開する流れにはなりますが。

一応フォロー?すると、何度も言うようにこのドラマは事故から2年後までの物語で、基本は規則違反説に沿って動いてます。その上で、ドラマの時代後から現在までに明らかになった欠陥説(内々では知られつつ隠蔽されていた)を盛り込むために、良心から生まれた架空キャラが真実を突き止め、KGBに脅されてIAEA会議では規則違反説を公表した主人公に、次の裁判の場ではその真実を告発させるという形を取ります。彼は悩みつつもそれを受け入れると。

ですが実際の彼はそんな告発はしなかったので、ドラマの方は、裁判で証言はしたものの真実は葬られて彼も監視の身――という矛盾の解決をしています。告発は隠蔽されて消えたのでゼロに戻る。実際と同じく何も状況は変わらなかった。

そして公に制御棒の欠陥が知られ、運転員の潔白が証明されたのは、現実と同じレガソフが死んだ後、1991年の報告と改訂レポートが出た1992年以降となると。←ここが一番肝心なのにドラマでは触れられなかったので勝手に補完してます。

 
ドラマと同じくIAEA会議の証言に圧力をかけられたことは事実とする文献もありますが、実際は名演説――ノリノリで運転員の規則違反説の演説をして、余計なことまで言わないよう、欠陥関連の事柄は口を滑らせないように事前に注意されていた。→これが圧力でKGBの脅しの真相でした。言い方によって印象が真逆になっているだけで、ドラマでも会議の成功をKGB長官に褒められてるシーンはありました。

 
一方でディアトロフが裁判を遮って文句を言うシーンはドラマの通りであるけれど、内容は正反対。事故の責任は危険な原子炉を作った設計側であり、運転員には危険性が警告されなかったと食って掛かったり、24の質問書を作って欠陥の構造を暴こうとしたというのが真相です。しかしこの質問はすべて却下されました。

京都大学学術情報リポジトリ (KURENAI)

旧ソ連の原子力開発にともなう放射能災害とその被害規模に関する研究調査
http://hdl.handle.net/2433/227262

本文はPDF。
前編最後に紹介した、AZ-5ボタンの謎を検証していた今中哲二氏の調査研究報告書です。

リンク先PDFの158P目から元チェルノブイリ原発職員ニコライ・カルパン著『チェルノブイリ:原子力平和利用の復讐』という本から引用した裁判記録が続きます。日本語翻訳は平野進一郎氏。

この本は1987年7月に行われた非公開だった実際の裁判を傍聴したメモ等を元に書かれたもので、現在公開されている裁判記録としては唯一のものです。※他に部分的な記録映像はあります。

この裁判の場には、ドラマと違ってレガソフはいません。勿論他の二人も。

ディアトロフの証言は186Pくらいから。事故の状況の証言と共に、6つの規則違反とされた項目などに反論しています。最低限を残してトプトゥーノフら若い人を避難させた証言も出てくるし、事故の前は全てのパラメーターが正常だったとも言ってる。後の211Pのメトレンコの証言では、彼が爆発直後に予備制御盤へ移行(避難)、全員を連れ出す指示をしたことも言ってる。

そして「発生時に私は原子炉制御室にいなかった」は確かに195Pで言ってるけど、それは30MWまで落ちた時の状況を見ていないという意味でです。前後するけどドラマではキレてたシーンのことも、191P「30MWまで出力が急落したことを、いかなる場合であれ、私はトプトゥノフのせいにすることは出来ません」って弁護してる。

長いけどドラマを見た人にはぜひ見比べてほしい。ドラマ(旧ソ連の規則違反説がベース)とはいろいろ違っている。

※この報告書PDFには他にも、福島とチェルノブイリの事故原因を比較したデータや、上の裁判記録の著者ニコライ・カルパンの事故後の回想(20Pからは爆発後の対応でアキーモフがいかに活躍したかも書かれている)、旧プリピャチ住民のインタビューなどもあり、読み物としても面白いです。

What is the cost of lies?

最初に旧ソ連が規則違反説を主張しそれをIAEAが認めたために、生き残って有罪になった人、原子炉の運転員だけではなく、現場で亡くなった作業員やその身内も国賊として扱われました。

複数の文献に彼らの墓の描写がありますが、消防士たちの墓は名前が刻まれ、国と多くの人を救うために命を懸けたと勲章を与えられ、花があふれる反面、運転員たちや原子炉関係者の墓は心無い人に傷つけられたり、遺族も他の人々に罵られ、唾を吐かれたとか。

無念で死んだ人々や自分たちの名誉回復のために、遺族も、生き残った運転員も、他の炉で働く人も、真実の解明や裁判のやり直しを求めたそうですが、国が崩壊してしまい、時間が経過してしまったと。制御棒の欠陥説が認められた後も、初期の話が広まりすぎていて汚名を雪ぐには遠かった。その辺は冤罪ニュースでよくある構図と同じです。

※20年以上も経った2008年になって、アキーモフやトプトゥーノフ、爆発の晩に作業に当たって亡くなった12人の運転員や電気技師たちにもウクライナより死後勲章が与えられましたが、事故すら風化してほとんどニュースにもなりませんでした。
 
文献によってディアトロフが正反対に書かれているのは、前編で実際の本を比較した通りです。理由は事故の原因が規則違反説という人災から、欠陥説へ変わったから。いい方は私が勝手に擁護する本を選んだわけではない証拠に2冊、1996年に出た『原発事故を問う』と、事故のことを書いた本では一番新しく今年2019年初めに海外で出版された『Midnight in Chernobyl』も挙げました。国も違って20年以上間が開いてるけど、両者とも大体、同じことを書いている。

それが当たり前なんだけど、その当たり前でないことが起きたのがこの事故です。

とはいうものの、ドラマはディアトロフを悪役のまま終えるため規則違反説ベースで欠陥説を足しましたが、今の説は欠陥説のみです。ディアトロフの性格は事故には直接関係ないのです。欠陥があった以上、一定の確率で事故は起きた。実際彼の性格を細かく書いているのは、事故の原因と結び付けて加害者として扱っていた規則違反説の『内部告発』等で、今回のドラマも含めて彼を悪役にしているのは、規則違反説の中だけです。

後の欠陥説の本はそこには主題を置いていません。彼の発言はあくまで現場の証言のひとつであり、主題は事故を隠蔽した設計側の人間、政府や時代背景に移っているから。この事故はごく初期のうちから制御棒の欠陥が指摘されてきたのに、設計側の人間は誰も裁判の場に立たされなかった。全てが危険性すら知らされていなかった現場のせいということになった。

欠陥説では、ドラマに登場しなかったレガソフの上司で原子炉の開発者アナトリー・アレクサンドロフの方がクローズアップされますが、レガソフの評価もドラマとは正反対です。たとえば、ドラマではヒーローのまま終わったレガソフが、政府に背いて欠陥を語ってしまったためにキャリアを失ったというストーリーを、実在のゴルバチョフ元書記長が否定したというネット記事がありました。

スプートニク – ゴルバチョフ氏、ドラマ「チェルノブイリ」で語られている出来事についてコメント
https://jp.sputniknews.com/life/201906106342578/

チェルノブイリ原子力発電所事故の原因究明を手助けしたヴァレリー・レガソフ氏に賞を授与しないよう指示してはいないと指摘した。ドラマでは、ソビエト連邦科学アカデミー会員だったレガソフ氏のキャリアは、事故原因に関する自身の説を提唱した後、終わりを迎えたと描かれている。

これも『Midnight in Chernobyl』によると「受賞者の最終リストにレガソフの名前はなかった。(事故は表向き運転員の過失とされたが、真の理由である)欠陥に関わる『クルチャトフ原子力研究所』の誰にも賞を与えるべきでないと、土壇場でゴルバチョフ書記長がリストから外したのではないか――という噂が流れた」という流れになっています。翌日レガソフは1度目の自殺未遂を起こしてる。正直ダサイ…。

『Midnight in Chernobyl』
But when the final list was published, Legasov’s name was no longer on it. Word went around that Gorbachev had decided at the last minute that no one from Kurchatov should receive a state award for actions in containing a disaster that the institute had helped precipitate.

レガソフに関しては、ドラマがやたらと持ち上げてるだけで、元々実際の文献でもそこまで特別視されてません。一方で体制側で一番まともだったのがゴルバチョフ元書記長という評価は『Midnight in Chernobyl』と『原発事故を問う』で一致しています。

  
ディアトロフについて「彼は厳格で公正で部下に恐れられる人だった」という証言はあります。ドラマのようにキレるのではなく溜め込んで後でまとめて言うタイプとも。ですが現実に彼が減刑されたのも家族や周りの嘆願の結果、有力者を動かしたからであり、死んだ人の証言でも生き残った人のインタビューも、誰も彼を責めていないし、彼自身も故人の名誉のために各所に抗議した流れを見ると、実際の彼は聖人ではなかったとしても悪人でもなかった。

テスト中はすべてのパラメーターに異常はなかった。
午前1時23分40秒にAZ-5ボタンを押してから出力が上がり爆発した。
われわれはすべて正しくやった。

そして事故の原因が変わっても、どの文献でも、事故の晩のディアトロフと他の運転員の発言は一貫しています。
 

HBO『Chernobyl S01E05』
Chernobyl チェルノブイリ彼が語っているこの「真実」は、後に否定されて「嘘」になった。

ということで、ドラマと実際の文献とを前編・後編に分けて比較しましたが、HBO『Chernobyl(チェルノブイリ)』は、ほぼ実話の流れをベースにしているものの、時間軸が事故から2年間の物語であるために当初の規則違反説に基づいていて、その後から現在までの評価とは違うこと、ドラマチックな展開にするために、後に否定されたエピソードを盛り込んだり、逆にあったはずのものを削ったり、架空の話を付け足してより悲惨な演出にしていたり、善悪をデフォルメしたりのフィクションドラマであると分かったと思います。

ドラマをフィクションって指摘するのも野暮だけど、これはリアリティをアピールしてビジュアルも似せてたり、出来事の経緯もドキュメンタリー風に作っているので、中身も史実の通りと受け止められちゃったら、潔白を訴えてた人たちが報われないじゃん?

なによりこのドラマにおいても主人公レガソフが一番、嘘つきだったわけだし。

 
前編で具体的に書いた通り、ドラマのレガソフが裁判でパネル使って解説していた「1時23分40秒前にトラブルが起きていた状況」は、旧ソ連が運転員のせいにするために作った規則違反説の説明です。現場の証言と食い違っていて、現在では否定されている説です。一応裁判当時は正しいとされてたけども、設計側の人間は嘘と知ってた。

彼がディアトロフを糾弾していた事柄も6つの規則違反と呼ばれるもので、これも前ページでATOMICAのリンクを紹介したように、現在では否定されています。

そしてこのドラマのレガソフは、シャイな雰囲気に誤魔化されそうになりますが、上で書いたように、制御棒の欠陥のことも知ってて調査へ行かせたりすっとぼけてた悪人です。笑。

ほんとは裁判の場にいなかった彼が傍聴人たちに語りかけてた最後の名演説のシーンも、かつて実際のレガソフが1986年8月ウィーンでのIAEA会議で専門家と世界に規則違反説を信じ込ませた実話を再現してるようでした。調子に乗って余計なことを言うなと止められた部分が、このドラマでは欠陥のことを語ってしまってその後に幽閉生活に入るフィクションになっている。

 
そもそも、このドラマがレガソフを善人に、ディアトロフを悪人に描くことも、欠陥を知りつつ放置した設計側の人間を持ち上げて、運転員の規則違反を殊更強調し、彼らを必要以上に悪役化するファンタジーを広めた現実の旧ソ連と同じです。

実際の旧ソ連が、IAEA会議へレガソフを送ったのは、彼がそれまでの淡々とした役人的な説明に終始しない雄弁な人間であったから。真実を隠すため、人を惹きつける喋りができる人間を選んでる。

一方で『内部告発』には、新聞(検閲されてる)が運転員たちをならず者のように書くので墓まで荒らされたという話が出てきます。このドラマが誇張した「アキーモフがディアトロフを恐れてミスが起きた」というパワハラストーリーも、上の裁判PDFの最後の方の弁護人の話にも出てきますが、実際の裁判の時に検察側に作られたフィクションが元になっています。そこに様々な尾ひれがついて、初期(規則違反説)の文献やドキュメンタリーなどで世界へ広まりました。

実は、このドラマの構成自体が、かつての旧ソ連の隠蔽の経緯をなぞっているのです。ジャレッド・ハリスの名演技に納得してレガソフに感情移入したり、ドラマのディアトロフにムカつきまくっちゃった人は、ある意味騙されてる。これは冤罪がいかにして作られたかを実演してみせた壮大なメタドラマなのです!

……と、言いたいところだけど、ここは私の深読みです。脚本家たちのインタビューやキャラクターの解説動画も一通り見たけど、彼らはそこまでは意図してない。でもほんとに結果的にそうなってる。

情報ソース。
The Chernobyl Podcast | HBO
https://www.youtube.com/playlist?list=PLO79iP69FaZPKaMDoSPAtGdoa3wd3lp9n

HBOの公式ポッドキャストでは脚本家Craig Mazinがエピソードを説明してます。英語です。Youtubeにあるのが1話1時間弱ぐらい+おまけ。これ以外でも配信サイトにも短いのとかあるし、テレビ局のインタビューとかもいろいろあって本編よりずっと長い。

途中飛ばしたり流して聞いたけど、たまに「現実ではこうだったけど~」的なことは言ってるけど、「ドラマでのキャラクターの背景や心理の説明」に終始してて、どうして現在は否定された方のエピソードを選んだかや、ディアトロフがあそこまで悪役になったかとか、肝心なところは言ってなかった。たぶん。私が聞き逃してなければ。

The Chernobyl Podcast | Part Three | HBO
https://www.youtube.com/watch?v=6uLpY1TSAwI

一応、パート3で脚本家はアキーモフたちがボタン押して爆発させて責められたことを

When this series is over, I hope that people understand that Akimov and Toptunov in most ways were really innocent and don’t deserve blame for any of this.
このドラマを見た後に、彼らはいろんな面でほんとに無実であって、事故のことを責められるべきではないと理解してもらえるように願ってる。

って言ってる。私の訳がセンスなくて申し訳ないけど、彼らの無実は強調してる。でも今回のドラマで規則違反説をまた蒸し返されて、それが広まりそうなんですけど…。本人は「AZ-5ボタンを押すまではすべて正常だった」って言ってたのに。

The Chernobyl Podcast | Part Five | HBO
https://www.youtube.com/watch?v=m0NFfgrb-ks

パート5では本当はレガソフたちが裁判にいなかったことや、当時のソ連の社会情勢や原発の給料が高かったことも踏まえてドラマのアキーモフが脅しに屈した経緯、ディアトロフの悪役としての心理とかはいろいろ語ってるんだけど、これもあくまでドラマでの話。そもそも実際は脅されてないからさ。そしてアキーモフとトプトゥーノフの境遇はたびたび同情してるんだけど、めちゃ悪人に改変した彼らの上司のことは………。笑。

※最初は4話の調査協力を断ってる辺りで、亡くなった息子(実話)を思い出すシーンを入れようとしたけど止めたらしいので、あくまで悪役に徹する形にしたっぽい。

他にもテレビ局のインタビューとかも見たけど、脚本家はストレートにレガソフを擁護しててあのキャラクターを気に入ってるようでした。事故から2年後の実際のレガソフの死も、欠陥の構造を知っていたことに絡めて評価してた。ドラマのエンディングの実際のレガソフのキャプションもやたら美化されてるし。

※彼の生前の貢献があり制御棒の欠陥が世に知られ、改善されたように書かれてますが、そもそも上で書いたように内々ではとっくに修正していたし、世に出たのはシュテインベルクさんのおかげです!残念ながらレガソフの死後の貢献はどこの文献にも出てこないのだけど…。

なので結論としては、ひねった意図はなくて、商業ドラマとして分かりやすく、ヒーローとヴィラン・善悪の対立を作ってキャラクターはそれを誇張しただけ、ストーリーは素直にドラマとして地味な事実より派手なフィクションを採用したら偶然こういう流れになっただけ、というところでしょうか。

5話の最初でKGB長官が言ってたこの台詞が、このドラマの全てでしょう。

HBO『Chernobyl S01E05』
Once it’s over, we will have our villains, we will have our hero, we will have our truth.

 
実際のチェルノブイリ原発4号炉爆発事故は、国家権力に作られた冤罪と戦った運転員の物語です。

現存するいくつかのインタビュー動画でも、ディアトロフは事故の説明と共に、部下の死に対する悔恨などを語っています。そしてずっと死んだ部下たちを気にかけて、彼らと遺族の名誉回復を訴え続けていました。

『Midnight in Chernobyl』 獄中からの手紙
「…but also to the parents of Leonid Toptunov, describing how their son had stayed at his post to try to save the crippled reactor and how he had been unjustly blamed for causing the accident. He explained that the reactor should never have been put into operation and that Toptunov and his dead colleagues were the victims of a judicial cover-up. “I fully sympathize with you, and grieve with you,” Dyatlov wrote. “There is nothing more unbearable than losing one’s child.”
(訳:ディアトロフはトプトゥーノフの両親に、彼らの息子があの晩どのように炉を救おうとしたか、その後非難されたか、あの炉は運転させるべきではなかったこと、彼と死んだ仲間たちは司法の隠蔽の犠牲者であったことを説明した。そして子供を失うことほどつらいものはないと両親に同情した。※前職時代にディアトロフも息子の一人を9歳で亡くしてる。おそらく彼の原子炉事故の被曝の影響の白血病で。

『原発事故を問う』 1993年インタビュー ※欠陥説が認められた後
「私自身は、もう健康も回復しないでしょうし、これまでも十分、言いたいことを言ったつもりです。しかし、亡くなったトプトゥーノフやアキーモフ、ペレボズチェンコたちはどうでしょう。彼らは亡くなったので裁判にはかけられませんでしたが、遺族は今でも社会から白眼視されています。亡くなった仲間のためにも、遺族のためにも、名誉回復は重要なのです」
天下を敵に回して論陣を張った気丈なジャトロフの目に、涙が浮かんでいた。

 
このドラマを見て感銘を受けた人にこそ、実際の事故の経緯を知ってほしい。現実の隠蔽はもっと巧妙で、相手はドラマで出てきた敵よりももっと大きなものだった。
 

 
というわけで、世界中で話題で高評価のドラマを日本公開早々にちょっと批判してしまいましたが、高評価だからこそ、影響力が気になってついつい長く書いてしまった。事故後2年の時間軸に限るならこのドラマの流れは間違いじゃない。でもその後に残された人の訴えが実って、欠陥説が認められたのです。今は、現場の運転員は直接の事故の責任を負ってはいないのです。あの晩ボタンを押してしまっただけ。

それをこのドラマがまた間違った方に蒸し返したこと、少し欠陥説を足しただけでノーフォローのまま終わった部分に、私はちょっと怒っています。誤解を正すために、このドラマと『原発事故を問う』をセット売りすべき!と本気で思います。まじで読んでみてください。善悪がこのドラマと正反対だから。そして本の方が現在正しいとされる説です。
 
勿論今回のドラマも、史実通りの箇所もあり、事故や原発や放射能の恐さがビジュアルで再現されていて迫力もあって、そこは素晴らしかった。ドラマとしては、事実はどうあれキャラクターやテーマも分かりやすいし。そして私は悪役好きでなおかつポール・リッター目当てに見たので、彼が今回もまた、上司にしたくないキャラクターを演じてくれて、そこもくり返し見ちゃうくらい楽しめました。「Raise the power」のシーンは暗記したし。←どれだけ好きなんだよ。

このドラマは英米共作だそうで、脚本等はアメリカですが、役者はイギリス人が多くてほぼみんなイギリス英語を話していましたが(最初はロシアンアクセントにしようとしたら俳優が演技に集中できなくなったから止めたって脚本家が上のポッドキャストで言ってた)、私がポール・リッターのファンになったのは、高いスーツ着て気取って慇懃無礼に嫌味言ってるいかにもなイギリス紳士役だったので、それと比べると今回のディアトロフはいかにもアメドラの悪役だと思いました。笑。
 

参考文献… とは名ばかりの本の感想とか。

京都大学原子炉実験所(現・京都大学複合原子力科学研究所)内 原子力安全研究グループ  http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/
今回は今中哲二氏のWeb資料を紹介させていただきましたが、他にも専門的な分析資料がたくさん公開されています。

今中氏もチェルノブイリや福島など専門家としての本をたくさん出されています。近年のものでは『低線量放射線被曝 ― チェルノブイリから福島へ』って本がお勧めです。講演の記録をまとめたもので、福島の原発事故を経た日本人がどうやって放射能と共存していくべきかが語られています。

私は個人的に福島事故後の講演会に行ったことがあります。一般向けだったので子供たちへの放射能の影響などについて、専門用語を使わずにわかりやすい説明されてましたが、同様のことがこの本にも書かれています。

 
七沢潔著『原発事故を問う ― チェルノブイリから、もんじゅへ』岩波新書,1996年

チェルノブイリ事故の取材本として一冊お薦めするなら断然これ。

著者は元NHKディレクターとして原発事故のドキュメンタリーを多数制作してきた方なので、チェルノブイリも初期から何度も訪れて追いかけてる。近年では福島の事故も勿論追いかけていて、NHK・ETV特集『ネットワークでつくる放射能汚染地図』の取材班でもある。

この本は、生き延びたストリャルチュウクとキルシンバウム、亡くなる前のディアトロフ本人、墓地でのアキーモフとトプトゥーノフの遺族の話も直接聞いています。欠陥説を認めたシュテインベルクや他の当時の権力者のインタビューも出てきます。1996年と20年以上も前に書かれた本ですが、それ故に今は生きていない人の声もあって貴重な記録であると思います。

ついでにこの本には「事故後に一般人の被曝許容線量が引き上げられた」というどこかで聞いたような話や、炭鉱夫のその後も載っていたりします。

「トゥーラ州からチェルノブイリに行った四百七十人のうち、すでに二百人が仕事を続けられなくなり、身体障害者の認定を受けています。この五カ月間だけでも、五十人の元炭鉱夫が身体障害者になりました。もう一年もすれば全員働けなくなってしまいます」

ひぃぃぃぃー。

とは言ってもタイトル通り他の事故も絡めてのルポなので、運転員の証言や事故までの経緯、その後の状況などはチェルノブイリに絞った別の本の方が詳しいですが、その代わりこちらは、事故のどの情報をどうやって公開するかの政治的な駆け引きも実際の証言を元に説明されていて、とても面白い。

正直、今回のHBOのドラマより、この本に書かれた真実の隠蔽の経緯の方がずっと怖いし興味深いのです。上にも書いたように、隠蔽側の政府で一番まともだったのはゴルバチョフ書記長。でも彼も真相を告げる影響力を考えて事実を隠蔽します。

※2019/11/13 記事追加→ 『原発事故を問う』補足 1994年NHKスペシャル『チェルノブイリ・隠された事故報告』
本とほぼ同じ内容の実際のドキュメンタリー映像について。

 
グレゴリー・メドベージェフ著,松岡信夫訳『内部告発 ― 元チェルノブイリ原発技師は語る』技術と人間,1990年

1989年に書かれた本を1990年に日本語翻訳したもの。日本語版は廃盤で中古しかないようです。著者はチェルノブイリ原発の元原子炉技師で事故より前に勤めていたそうで、事故後の現場の証言、状況説明などは参考になる点も多い。

そしてシュテインベルクの報告書より先に書かれた本であるにも関わらず、なんと原子炉の制御棒の欠陥にも触れてはいる。※上の裁判PDFの証言の中にも出て来るので、実際は欠陥説が公式に認められるより前から指摘されていたようです。

でもこの本は『規則違反説』を前提にしていて、その結論に説得力を持たせるために、運転員の無知や愚かさを過度に強調し、(その後の検証では存在しなかったとされる)1時23分40秒にボタンを押す前のトラブルを、まるでその場にいたように書いていたり、事故の箇所だけかなりおかしいです。

そして著者はディアトロフより経験もあり先輩にあたる立場で面識もあったようで、彼を上から目線であれこれ書いています。管理能力の欠如や性格の難を挙げている個所は私怨に見える。それでも今回のHBOのドラマよりはまだましだけど。笑。アキーモフも意志が弱かったとかひどいこと言われてる。その辺は裁判の話を元にしていたり、旧ソ連の検閲が入ったのかもしれないけど、そのせいで他のページと矛盾する箇所がある。

・現場ではディアトロフにびびってアキーモフとトプトゥーノフは危険を察知しつつ、彼に従う破滅の道を選んだことなど、パワハラ上司との上下関係の溝を書いているのに、後の病院シーンではディアトロフと仲間たちがどうして事故が起きたか話し合っていたり。→病院で話し合った箇所は他の文献にもあるので、おそらく事実。

・ボタンを押す前からトラブルがあった説に沿って、アキーモフが出力上昇を見て、緊急事態だって認知してボタンを押しているはずなのに、その後の医師の証言では、彼はボタンを押すまで問題なかった。なぜああなったか分からない、とくり返し言っている。→この証言は他の本にもあるので、後者はおそらく事実。

というように事故の状況とそれを起こした運転員を貶める主観に満ちた部分だけが、後のページとつじつまが合わない。でもそこは翻訳者と出版社の名誉のためにフォローしておくと、この本の英語版『Truth About Chernobyl』にはwikipediaがあるのですが
https://en.wikipedia.org/wiki/The_Truth_About_Chernobyl

そこでもわざわざこの本が「ドキュメンタリースタイルで書かれていないこと、時に一人称で語ること、リファレンスに基づいてないこと」を指摘されてます。要するにこの本の「見てきたような描写」に問題がある点を暗に指摘してる。英語で読んでる人も引っかかるとこらしい。だからロシア語の原本の時点で既におかしいと思われます。

この本は世界各国で翻訳されましたが『INSAG-7』で欠陥説が認められた後にはもちろん叩かれ批判されたそうです。

 
Adam Higginbotham著『Midnight in Chernobyl: The Untold Story of the World’s Greatest Nuclear Disaster』Simon & Schuster,2019年

今年2019年2月、HBOのドラマより先に出た本です。語られなかった物語と銘打たれて、現場の状況やその後が書かれていますが、とんでもない新説・新証言は出てきません。

ディアトロフが詩を愛してたとか、トプトゥーノフが母親の反対を押し切って原子力専攻の道に進んだとか、インターンの後にチェルノブイリに勤めたとか、空手習ってたとかの経歴は描かれてたけど、事故後の人物像や証言は『原発事故を問う』とほぼ同じです。

事故と冷戦下の旧ソ連の力関係や社会情勢、政府や科学者への国民の不信感、そして国の崩壊までのストーリーも『原発事故を問う』に書かれていた内容とかぶりますが、どうして欠陥を隠して運転員のせいにしなければならなかったのかや政治的な駆け引きの深いところまでは掘り下げられてはいません。それはほぼリアルタイムで追いかけて実際の人物にインタビューしてた『原発事故を問う』の方が細かい。

一方でこちらの方がチェルノブイリ事故に絞った本であり、事故までの流れや証言は細かい。そして後に出ている分だけ、現在までにわたって広く書かれてはいます。福島の事故にも触れられてます。

 
…その他。読んだけど今回は比較に使ってないもの。

Chernobyl 01: 23:40:
The incredible true story of the world’s worst nuclear disaster
Andrew Leatherbarrow

チェルノブイリの祈り ― 未来の物語
岩波現代文庫
スベトラーナ・アレクシエービッチ

今回のドラマの脚本家、役者たちのインタビューでは、これを読んだことは語られてます。消防士の話とかここに載ってるエピソードがドラマでも使われてます。

Voices from Chernobyl: The Oral History of a Nuclear Disaster
Svetlana Alexievich

彼らが読んだ英語版。

など。以下省略。
 
『Midnight in Chernobyl』は2019年、『Chernobyl 01:23:40』は2016年と近年出たものだけど、それぞれAmazon.comの英語レビューが3桁もあります。kindle読み放題に入ってたとか(私もそれで読んだ)、今回のドラマで注目されたとか、言語人口で得してる部分もあるけど。他にもチェルノブイリ事故の本はたくさん出ているので、英語圏ではまだ事故への関心が高いのでしょう。ついでに言うと福島のドキュメンタリー本や動画も、日本よりレビューついてるものもある…。
Chernobyl チェルノブイリそういう意味でも『原発事故を問う』の当時のインタビューなど、日本語で埋もれているものも英語に翻訳して世界で読まれるべきだと思う。