Chernobyl チェルノブイリ2 ネタバレあり・ドラマを超真面目に検証【前編】規則違反か欠陥か

※日本公開前に書いたその1はこちら→『Chernobyl(チェルノブイリ)』
大雑把だけども、ネタバレなしのドラマの感想とストーリーの流れは1の方に。
※2019/11/13 参考文献・映像情報→『原発事故を問う』補足 1994年NHKスペシャル『チェルノブイリ・隠された事故報告』
本とほぼ同じ内容の実際のドキュメンタリーについて。

 
さて世界で高評価のHBOのドラマ『Chernobyl(チェルノブイリ)』が日本でも全話公開されたようです。なので私もずっと保留にしていた前後編の記事をアップしたいと思います。超長いのでできればパソコンで見てください。ドラマを見た前提で書いているので、普通に結末まで検証してます。あらすじ紹介はしてませんが、ネタバレを含みます。これからドラマを見る人はスルーしてください。

どうしてこれを書いたかと言うと、このドラマを見た人、この事故に興味を持った人に、本当の事故の原因と事故に関わった原発運転員の戦いの経緯を知ってほしいから。なので私が書くのは、事故に関することだけ。事後処理のホウ素砂は効果がなかったとか、ヘリはほんとは落ちてないみたいなのは書いてません。

ドラマで描かれた事実をひっくり返したり、流れ上、批判せざるを得なくなってる部分もあるので、このドラマが人生で一番面白かったとか惚れこんでる人にはムカつくかもしれませんので注意。

この記事のタイトル見てピンと来た人はそれが答えです。
→スマホと結論だけ知りたい人向けに大雑把な結論を先に言うと『ドラマと史実の最大の違いはこれ』です。

 
※今回使った参考文献は後編ページの一番下に載せてますが、メインは規則違反説に基づく1990年発行グレゴリー・メドベージェフ著『内部告発』と、欠陥説に基づく1996年発行七沢潔著『原発事故を問う』と2019年発行Adam Higginbotham著『Midnight in Chernobyl』(英語)の三冊です。それと日本原子力研究開発機構・原子力百科事典ATOMICA、京都大学原子炉実験所(現・京都大学複合原子力科学研究所)内の今中哲二氏のWEB上資料など。

      

※彼らの名前は元はロシア語なので、文献によって表記の揺れがあるので、今回はメジャーなものを使いました。私はドラマは英語版を見たので、日本版の人名カタカナと違うかも。なのでこのページに出した登場人物のドラマでの説明もつけてみた…。

ヴァレリー・レガソフ(Valery Legasov) 主人公
ウラナ・ホミュック(Ulana Khomyuk) ドラマの架空女性キャラ
アナトリー・ディアトロフ(Anatoly Dyatlov) キレまくってたおっさん。古い文献はジャトロフ呼び
アレクサンドル・アキーモフ(Aleksandr Akimov) 髭眼鏡。Aleksandrの愛称がSasha(サシャ)
レオニード・トプトゥーノフ(Leonid Toptunov) アキモフと一緒にテストしてた人
ボリス・ストリャルチュウク(Boris Stolyarchuk) アキモフの注水依頼断ってた髭眼鏡
イーゴリ・キルシンバウム(Igor Kirschenbaum) 上とセットでダラダラしてたハンサム
A.A.シトニコフ(Anatoly A. Sitnikov) 建物上から炉心見て真っ赤になってた人

何故、原子炉の欠陥を隠さなければならなかったのか?

まず前提として、このドラマにはやたらとKGBが出てきてましたが、それは冷戦アクションドラマ好きの私を喜ばせるためではなくて(アホ)、実際においてもソ連の原子力産業――核兵器及び原子炉に関わる情報は重要国家機密だったから。

4号炉の事故で爆発したRBMK型原子炉も、核兵器燃料のプルトニウム生産のために作られた原子炉を民間発電用に改良したものでした。軍が事後処理していたり、より高い線量を計測できる線量計を持っていたのも、それが理由です。

当時の旧ソ連の原子炉はいずれも同じ『クルチャトフ原子力研究所』という場所で作られていて、両者は切り離せない存在だったのです。ドラマの主人公であるレガソフはそこの副所長です。同時に彼はソ連科学アカデミーの会員でもありました。

一方で設計や構造の重要な部分や危険性は、原子炉の運転員たちには知らされていませんでした。彼ら運転員は「原子炉は安全だ」という政府と設計側の言葉を信じて、与えられたマニュアルに沿って運用していました。※その後の政府・設計側と運転員の対立構造もここから来てる。

しかも当時は冷戦中。更にゴルバチョフ書記長が就任してペレストロイカを提唱します。戦争でも経済でも、西側諸国――特にアメリカに勝ち、ソ連を発展させようと一丸となっていた時代です。この先ますます増え続けるであろう電力需要に備えて「原子力の平和利用」として原子力発電所を増設する計画も立てられていました。

そんな時に事故が起きたわけですが、正直に原子炉の構造や設計や、ひいては欠陥を公開することは、ソ連の計画の頓挫を意味すると同時に、安全保障を脅かすものだから、国の威信をかけて避けなければならなかった。

一応ドラマでもその辺の説明はくり返し出てきますが、核開発と冷戦という時代背景が分からないと、どうして炉の欠陥という真実をそこまで隠蔽したり検閲する必要があったのか、運転員の規則違反という人災扱いにしようとしていたのか理解できないでしょう。

規則違反説と欠陥説

今回のドラマの事実とフィクションの検証をするためには、実際の事故において爆発原因が変わったことも重要なポイントです。この流れが分かったらドラマの話に入るので、年度と変遷はチェックしてください。

まず事故の発生は1986年4月26日。4ヶ月後1986年8月に旧ソ連が提出した約400Pの資料を元に決定された国際原子力機関(IAEA)の公式事故報告書『INSAG-1』では、6つの規則違反が挙げられて、運転員の過失(規則違反説)が原因とされました。

ですがその後事故の再調査をしたソ連国家原子力安全監視委員会による1991年のシュテインベルク報告書では、原子炉の制御棒の欠陥(欠陥説)を原因とします。それを元にIAEAはレポートの見直しをし、1992年に『INSAG-7』で欠陥説を認め、運転員の6つの規則違反をほぼひっくり返します。

要するに当初、旧ソ連が報告していた6つの規則違反は「濡れ衣」でした。制御棒の欠陥による爆発という真の理由を隠すため、彼らは現場のせいにしたのです(規則違反説)。ですがそれは改められました(欠陥説)。

事故原因の変遷

  • 1986年8月 INSAG-1レポート(初版)(規則違反説)
    事故原因は、発電所の運営者および未熟な運転員による規則違反の組み合わせによるものと非難して、6つの規則違反を指摘
  • 1991年 シュテインベルク報告書(欠陥説)
    事故原因は、制御棒の構造の欠陥と旧ソ連の安全性の欠如によるものである
  • 1992年12月 INSAG-7レポート (実質的な最終版)(欠陥説)
    事故原因は、制御棒の構造の欠陥による可能性が高く、原子炉は安全基準に合わせて設計されておらず、複数の問題を抱えていたが、それらは運転員には知らされていなかった
国際原子力機関(IAEA)

The Chernobyl Accident: Updating of INSAG-1
A Report by the International Nuclear Safety Advisory Group
https://www.iaea.org/publications/3786/the-chernobyl-accident-updating-of-insag-1

英語の全148PのPDF報告書がダウンロードできます。タイトルに「INSAG-1のアップデート」と書いてあるようにリンク先PDFは最終版『INSAG-7』です。

AZ-5ボタンは旧ソ連の名称なので、このレポートでは『EPS-5』って呼んでいる。
タイムラインからの検証や、運転員がボタンを押した理由がわからないことなどいろいろ書いてある。

Description 抜粋
However, the new information, which derives from studies made in the then USSR on the physical origins of the accident, has led INSAG to shift the emphasis of its conclusions from the actions of the operating staff to faulty design of the reactor’s control rods and safety systems. Deficiencies in the regulation and management of safety matters throughout the Soviet nuclear power industry have also been revealed and are discussed.
(訳:新情報により、INSAGは結論の重点を運転員の過失から原子炉の制御棒と安全性の誤った設計へとシフトさせた。旧ソ連原子力産業の管理の欠陥と安全性の問題も明らかになり議論された。)

それを日本語で説明したのは ↓ こちら。

国立研究開発法人 日本原子力研究開発機構
原子力百科事典 ATOMICA

チェルノブイリ原子力発電所事故の原因 (02-07-04-13)
https://atomica.jaea.go.jp/data/detail/dat_detail_02-07-04-13.html

チェルノブイリ原子力発電所事故当初は、事故原因は「運転員の規則違反」とされていたが、事故後にシェルター内部の調査が進んだ結果、運転員の規則違反が主原因ではなく、事故の原因の一つはチェルノブイリ型原子炉が持っていたポジティブ・スクラム、および旧ソ連全体にあったセイフティー・カルチャーの欠如が事故原因である。

3.1986年8月のウイーン報告による運転員の規則違反に対するINSAG-7の評価
表1に、ウイーン報告で指摘された6つの運転員の規則違反と、それに対するINSAG-7の主な見解をまとめた。これらの見解を要約すると、6つの規則違反と呼ばれたものの多くは、実際には規則違反でなかったか、あるいは規則違反であったとしてもその後の事故の進展に大きな影響はなかった。

↓ その「表1」がこれ

「運転員の6つの規則違反」に対するINSAG-7での見解 (02-07-04-13)
https://atomica.jaea.go.jp/data/fig/fig_pict_02-07-04-13-01.html

下の表の左側の『ウィーン報告』というのが1986年に運転員が糾弾された6つの規則違反で、右側の『INSAG-7の主な見解』はそれらが1992年に再検証された結果です。

一番最初の項目は「規則違反である」と書かれていますが、その下に「運転員は最後のORMの値を知らなかった可能性が高い~」と補足があるように、現場の彼らは規則違反であることを知る環境になかった。それ以下のものは、「禁じられていなかった」×2、「手順に従ったもの」×1、「事故の進展に影響はなかった」×2で、結果的に当初違反とされた事柄は全て否定されています。

規則違反説は、マニュアル通りにやらなかった運転員の過失が引き起こした爆発という人災説です(欠陥説も設計側の人災だけど…)それが覆ったというのは、全世界から非難されてきた原子炉の運転員たちは加害者ではなかったと、冤罪が証明されたということを意味します。この結果を踏まえて、世界中のドキュメンタリーやルポタージュも、1992年頃を境に展開や論調が変わります。なのでこの事故の古い文献や証言を探す時は、書かれた年度が重要です。

そして、規則違反をくり返して未曾有の大惨事を引き起こした無知で無謀な運転員たちは、原子炉の欠陥を知らされずに事故の引き金を引いてしまった悲劇の人々になります。

ですが――

史上最凶の悪役

前回の感想では「事故から数年の物語なので、後の評価とは違う部分もある。」とぼかして書いたけど、ネタバレ含めて正確に書くと、今回のHBOのドラマ『Chernobyl(チェルノブイリ)』は、1986年の事故からレガソフが死ぬ1988年までの2年間の話(実質的なエピソードは、1986年4月の事故前日~1987年7月の裁判までの1年3ヶ月)なので、1991年のシュテインベルク報告書、1992年のIAEA『INSAG-7』が出る前の時代です。

そのせいか、度重なる彼らのトラブルの果ての爆発とした方がビジュアル的にもドラマチックであるからか、このドラマの主要なエピソードは、現在では否定されている規則違反説をベースに進みます。つまり事故は現場(というか爆発した4号炉の副技師長ディアトロフ)の強欲が引き起こした人災というスタンスです。

一応欠陥説も混じってたけど、ドラマを見た人がこれを事故の真相と思ってしまうのは残念な点です。今の評価だと、ディアトロフは悪人じゃありません!彼は政府の隠蔽と対決し、欠陥説が認められた後も、IAEAが断定しなかったことを不服とし、広まった冤罪を晴らすため、自分と事故の責任を負わされて亡くなった部下たちの名誉のために戦った人なのです。

『原発事故を問う』
アナトリー・ジャトロフは私とのインタビューのあいだ、何度も「名誉回復」という言葉を口にした。シュテインベルクの行った再評価は全面的に運転員の責任を否定したものだったが、ソ連邦崩壊の騒ぎのなかで、社会の関心は薄く、一部の専門家にしか読まれることはなかった。IAEAの新しい報告書も、運転員の責任を否定するものではなかった。ジャトロフはいまだに自分たち運転員に着せられた汚名が晴らされてないと感じているのである。

『Midnight in Chernobyl』
Six years after their burial in Mitino cemetery, the report at last went some way to rehabilitating the reputations of Alexander Akimov, Leonid Toptunov, and the other operators who had died in Hospital Number Six. But by then, the turgid technicalities of the revised report attracted little attention outside specialist circles. Back in Kiev, former deputy chief engineer Dyatlov, still not satisfied, kept up his lonely struggle for exoneration in the press, until his own death—from cancer of the bone marrow, at the age of sixty-four—in December 1995.
(訳:彼らが埋葬されて6年後、レポートは遂にアキーモフやトプトゥーノフ他モスクワの病院で亡くなった運転員たちの名誉を取り戻した(=1992年欠陥説が認められた)。しかし改定された報告書の仰々しい内容は専門家以外には、ほとんど注目されなかった。キエフに戻ったディアトロフは満足せずに、1995年12月に自分が64歳で死ぬまで、一人マスコミに冤罪を訴え続けた)

 
ですがドラマは事故後2年間の時間軸の物語なので、彼はその時はまだ未曾有の事故を引き起こした首謀者扱いでした…。

そのためか、ドラマを盛り上げる善悪の対立構造としてか、ドラマのディアトロフは、事故の首謀者・悪人として書かれている初期(規則違反説)の文献のどれよりも、フィクションを足してより極悪に描かれています。

実際の彼は爆発後に制御室も危険かもしれないって運転員を退避させようとしたり(最初は上が爆発したと思ってた)、若い運転員を3号炉(医務室)へ避難させるように指示したり、それでも責任を感じたトプトゥーノフが戻ってくるので追い返したり、3号炉も念のために止めるよう指示したそうです(ディアトロフは3、4号炉の副技師長)。

その後の裁判の場でも事故の責任は現場の運転員ではなく、爆発する可能性のある原子炉を設計した側だと追及したり、IAEAが欠陥を見抜かずに規則違反説を認めたことを手紙で抗議したり、事故の責任を負わされたまま亡くなった運転員たちの名誉の回復のため、各所へ訴えたりもしました。

でも、これらの部下を案じた箇所は全カットされてます。ひどい…。一応爆発後に吐いてた人を「医務室へ連れてけ」くらいは言ってたが。

一方で、玉突き昇進エピソードを足したり、やたら高圧的でf*ck連呼して部下をバカアホマヌケ(moron、stupid、incompetent a*sehole)って罵倒してたり、従わないならどこの原発でも働けなくしてやるって脅したり、裁判の場では死んだ彼らに責任押しつけて自分はその場にいなかったって偽証したり。←ここ全部フィクションです。もはや名前と肩書き以外はフィクションキャラクターでは。笑。

つまりこのドラマは実録ではありません。架空のキャラがいる時点でも分かると思うけど念のため。

 
シーズン2(がもしあれば)シュテインベルク辺りを主人公に「実はディアトロフは無実だった!」という今回以降の流れを描く気だったのかなとも思いましたが、今回中途半端に欠陥説を混ぜてるし、ここまで悪役にしてしまったし…と思わずぐぐったら、脚本家も続編はないって答えてました。

ということで、事故の原因が変わった経緯を知っている人には、ここは知らずに見た人とは違う意味で後味の悪い、とてもモヤモヤする仕上がりになってます。ただドラマにフィクションが含まれてるだけじゃなくて、実際の彼らが必死で訴えてようやく覆った事故原因がまたふりだしに戻って糾弾されることになるので。しかも「今の評価とは全く違います」がないまま、いかにもこれが現在の史実のようにドラマが終わってしまったので。

後編で内容も紹介してますが、ドラマの本編より長い脚本家Craig Mazinのポッドキャストを私が延々聞いてしまったのも、どういう意図でこういう設定のまま終えたのか確認したかったから。そして今回、超真面目にこれを書いているのもそれが理由です。

Not great, not terrible.

1986年4月26日チェルノブイリ4号炉の爆発事故は、原子炉の保守点検時の非常用電源テスト中に起きました。停電時に非常用発電機が動くまでのタイムラグにタービン慣性だけで発電させるというテストです。準備は前日から進められていましたが、テスト自体は1分足らず、午前1時23分04秒~運転員が緊急停止AZ-5ボタンを押した午前1時23分40秒までのことでした。

当初言われた規則違反説は、このテストの準備の間に未熟な運転員が数々の規則違反を起こしたことが炉の暴走を引き起こし、爆発に至ったとする説です。ドラマも規則違反説をベースに進むため、5話の真相ではその流れを追っています。

 
ドラマの1話からやたらキレてたおっさんがディアトロフで彼は3、4号炉の副技師長。テストの監督に当たる立場だったため、無茶なテスト計画書を作ったとか、愚かな許可を与えたとか現場の長として後に裁判にかけられますが、テストの主導はアキーモフの方です。アキーモフとトプトゥーノフは亡くなったので結果的に裁判にかけられなかっただけで、生きていれば裁かれる予定でした。

ディアトロフに脅されていたり1話の最後で水の中でバルブを開けていた髭眼鏡がアキーモフですが、彼はシフト長。ドラマはディアトロフが悪役になっているため、彼は言われるままに動いてましたが、文献ではもっと自主的に動いています。爆発後の対応もドラマはかなり省かれていましたが、みんな各所の対応に追われていた様子。

一緒にバルブを開けていたのは原子炉主任運転員のトプトゥーノフで、彼とアキーモフは一緒にテストをし、AZ-5ボタンに関わった人間として、その後も事故の争点になりました。特に彼は開始前に30MWまで出力を下げるミスをしたこともあり、本人も事故の引き金を引いてしまった罪悪感があったのか、実際はドラマと違い他の若い運転員たちと避難していたのに戻って、シフト交代の時間の後までアキーモフと注水作業をしたことでドラマと同じことになります。

制御室にはテストの見学含めて17人いたそうですが、ドラマは事故に直接関わった最低限に絞っています。誰が誰だかわからなくなるし。

画面にいた中では、1話で制御棒を手動で下げろと指示を受けて瓦礫をかき分け炉を見に行った(そのせいで亡くなった)二人が、5話の事故当日シーンの制御室では壁際に立ってただ見ているだけだったのは、見習いだからです。彼らはテストを見学に来ていたそうです。

痩せてる方の髭に銀眼鏡のストリャルチュウクとセットでいて、所在なさげにふらふらしてたり眠そうだったりファイルをぶん投げられてたキルシンバウム(ひどい説明…)は、上司と部下に見えたけど、それぞれ原子炉ユニットとタービンの主任運転員。彼らとトプトゥーノフは同じ地位で、シフト長のアキーモフがその上。

1話でストリャルチュウクたちが注水の手伝いを断ってたのはフィクションで、実際の爆発後は彼とキルシンバウムはそれぞれの持ち場の確認をしに行って、前者は朝まで事後対応、後者は医務室へ向かい避難していたそうです。両者とも生きて後にインタビューに答えてます。キルシンバウムは『原発事故を問う』では、逃げたって責められたとかいろいろ答えてる。ストリャルチュウクの方は、朝に自宅へ戻って夕方にはKGBが訪ねてきたって…。そして『Midnight in Chernobyl』によると彼は今はウクライナ国家原子力規制監督局(SNRIU)で偉くなってるらしい。誰得情報。

HBO『Chernobyl S01E01』
Chernobyl チェルノブイリ「RBMK型原子炉は爆発しない」 この言葉は旧ソ連のプロパガンダでもありました。ソ連の原子炉は安全で爆発などするはずがなかったので、危険性は一切、運転員に渡されたマニュアルにも書かれていませんでした。それが爆発した後は、現場の規則違反による爆発と言われた。実際のディアトロフはその矛盾を突いて、危険性を知らせなかった側こそ事故の責任があると追及しました。

 
加害者としてディアトロフを悪人に書いている『内部告発』など初期の規則違反説の文献だと、爆発後は、判断を誤った彼が「あくまでも貯水タンクの破裂でまだ炉は爆発していない」と言い張ってアキーモフたちもそれを前提で動いた流れになります。線量計が振り切れていて低い値しか出ていなかったことも、炉は無事だと信じる根拠になりました。爆発を食いとめるための作業で部下たちに無茶もさせてます。ドラマほどじゃないけど部下も罵ってます。「腰抜け!弱虫め!のろま!」とか。※ただしドラマと違って誰も脅してません。

一方で『原発事故を問う』や『Midnight in Chernobyl』など欠陥説が出てからの本では、最初は何が起きたか分からなかったが、すぐに爆発に気づいて、被害を最小に食い止めるべく行動し、結果犠牲が出た、という流れになります。その後の炉が無事という報告なども、情報の伝達ができていなかった一部が信じていたことで、現場のパニックによる伝達の遅れによるものとか。

生き残った人の証言からも、実際のディアトロフは爆発に気づいてからは自分やアキーモフなど事後対応に必要な最低限の人数を残し、若手には避難するように指示を出しています。危険性を把握してた。そして本人は後には放射能の値を低く見積もりすぎて運転員たちを危険な目に遭わせたことを悔いていますが、そうしなければもっと被害が拡大したであろうことも言っています。※彼自身もこの時の被曝の影響で事故から9年後の1995年に亡くなります。

愚かにも炉は無事だと信じて危険に気付かず被害を拡大させたのか、知っていながらも現場の責任として事故を収束させるべく活動したのか、事故の原因が変わることで爆発後の対応の書かれ方も変わるのです。

そして今回のHBOのドラマはもちろん、前者の規則違反説寄りのシナリオを採用しています。その上でディアトロフ>アキーモフ>その他の運転員の力関係を強調してエピソードも誇張してる。

 
1話でディアトロフが吐いて倒れて病院へ運ばれた後に、炉心を見に行けと言われて嫌々行かされて、振り向いたら顔が真っ赤になってたホラー演出されてたシトニコフは本当にそのせいで亡くなってます。シェルターの中のやり取りはフィクションだけど。ディアトロフが3、4号炉の副技師長で、彼は1、2号炉の副技師長でした。

ドラマでは後の真相のところで、もしテストが成功してプロモーションの話が来たら、空いた技師長のポジションに彼を推薦しちゃおうかなって煽られて、自分を推してもらいたいディアトロフが無茶なテストを強行したところにつながりますが、この玉突き昇進ストーリーは初期の規則違反説の中で作られて、後に否定されたものです。

※5話の昇進エピソードは、テストを強行した動機であると共に、ヒーロー・レガソフはKGB長官の誘いを蹴って真実を語り、ヴィラン・ディアトロフは欲に負けて大惨事を引き起こしたという善悪の対比の意味もあるのだろうと思われます。

一方事実としては、ドラマではさらっと流されてたり登場していなかった電気系やタービンなどの担当者たちも、爆発後の対応が元で亡くなってます。中には若い部下を気遣って自分が先頭に立って危険な場所の作業をした電子技師もいたそうです。当然亡くなりました。そういう人も取り上げてあげて欲しかったけど、そこを入れるとエピソードが散漫になるから丸ごと削るのも仕方ないかな。

 
事故には直接関係ないですが、ドラマでくり返し出てきたフレーズ「It is beautiful.」は、最初に使われてたのと同じ情景を指したものが、事故後のプリピャチの病院の窓から原子炉を見たというキルシンバウムの発言に出てきます。脚本家や役者たちが「読んだ」と言っていた『チェルノブイリの祈り』にも同様の証言があります。ほんとにきれいだったんだろうね。

『原発事故を問う』
「夜、暗くなるととても美しく見えました。原子炉から蒸気が上がり、それに原子炉のなかから出ている光があたって、この世のものとは思えないほどきれいなんです。入院した職員たちはみんな、口をあけて窓から眺めていたんです」

彼らはその後、モスクワの病院へ移されます。

We did everything right.

Amazonプライムの無料公開分で見た限りだと日本語字幕版では「処理は正しかった」って訳されてた、ドラマ中でアキーモフがくり返し言ってた「We did everything right.」は、死ぬ前の病室でのシーンだけは「I did everything right.」になっていましたが、これらは本人が実際に言っていた台詞です。勿論ロシア語で。

HBO『Chernobyl S01E03』
Chernobyl チェルノブイリ脚本家Craig Mazinがアップしてる脚本を見ると、ここも「We did everything right.」になっているので、撮る際にあえて「I」に変えたのかもしれない。下で説明する、実際の彼らが使ってたニュアンスとして区別するために。

 
何冊か読んだ日本語・英語の事故の文献のどれにも似たようなフレーズが出てきます。ただしアキーモフとトプトゥーノフのどちらが言ったかは文献で変わる。詳しいことは一番下に書きましたが、この台詞を言ったのはAZ-5ボタンを押した人のようで、このボタンを押した人も正確にはどちらか分かっていないから。

『内部告発』ではAZ-5ボタンを押したのはアキーモフということになっていて、事故後に限るけど、この台詞もくり返し言ってる。ドラマより言ってる。

『内部告発』
(著者の証言)
アキーモフは私の質問に対して同じことしか答えなかった。
『われわれはすべて正しくやりました……どうしてあんなことが起こったのかわかりません……』

(妻の証言)
口がきける間、サーシャは父母に向かってすべての作業を正しく行ったとくり返していました。そのことがかれを最後の瞬間まで苦しめていたのです。また自分の交代班の同僚たちに対しては、何の苦情も持っていない、彼らはみな自分の義務を遂行したとも言っていました。

(昼番チーフエンジニア・スマーギンの証言)※実はディアトロフも言ってる。
副技師長のジャトロフとは、一時同じ病院にいた。退院の前、かれはこう言った。
「私は裁判にかけられるだろう。それはもうはっきりしている。だがもし話をさせてくれ、それを聞いてくれるならば、すべてのことを正しく処理したと言うつもりだよ」

 
一方で遺族に会って話したという『原発事故を問う』ではトプトゥーノフの母が息子が最後に訴えた台詞として語ります。『Midnight in Chernobyl』でも同じように彼が母親に訴えています。これらの本ではAZ-5ボタンを押したのはトプトゥーノフのようです。

『原発事故を問う』
「苦しんでいる息子の枕元で私が「リョーニャ(レオニードの愛称)、がんばって生きるんだよ」と声をかけると、あの子は、痛かったはずの手を動かしながら、「いつも、ありがとう」って言うんです。それで私が「どうしたの」って言ったら、急にあの子は「ママ、僕はすべてマニュアルどおりにやったんだよ。マニュアルから外れたことは一度もないよ」って言うんです。「ほかのことは何もやってないよ」って。私はあの子の苦しんでいる顔を見て、話をするのをやめました。それから、あの子は意識がもうろうとするなかで、操作盤のボタンを押す仕草をしていました。横になったまま、指で押していたんです」

『Midnight in Chernobyl』
Even when their condition began to worsen, they never discussed who was to blame. At their son’s bedside, the parents of Leonid Toptunov – who had pressed the AZ-5 button, which had triggered the explosion – were both afraid to bring up the subject of the accident. But eventually Vera felt bold enough to ask him about it directly.
“Lionechka,” she said. “What happened – how could it happen?”
“Mama, I did everything right,” he said. “I did everything according to the regulations.”
(訳:症状が悪化し始めた時でさえ、運転員たちは誰の責任かとは決して議論しなかった。AZ-5ボタンを押したトプトゥーノフの両親も息子にそれを訊くのを恐れていたが、遂に母が病室の枕元で何が起きたか尋ねた。すると彼は「僕はすべて正しく処理したんだよ。すべて規則に従ったよ」と答えた)

 
ただし誰が言っても使われる状況は同じで、「自分はすべて正しくやったし、どうしてあんなことになったか分からない」とくり返し訴えた――というのが大筋の流れです。AZ-5ボタンに関わった二人の場合は、事故が起きてから死ぬまで。

アキーモフたちも病院へ運ばれて重症化するまでは歩いて話もできたそうで、彼らとディアトロフも原因が分からずに話し合っていたそうなので、みんな言っていた可能性はある。その上で互いを責めることもしなかった。なので、ここはどちらが合ってるとかって気にするところではないかな。

AZ-5ボタンを押せば止まると言われてあの場の誰もがそれを信じていて、マニュアル通りにボタンを押して止めようとしたら逆に暴走爆発しちゃったわけだけど、それが欠陥のせいだったのは彼らの死後に分かったことなので、可哀想ではあります。

 
最初の前提の通り原子炉の情報は国家機密なので、実際もKGBが張り付いていました。病室でも事故調査で彼らを尋問したそうです。その病室でアキーモフは双子の兄の骨髄輸血をされても改善せず父母と妻(と二人の息子)に、トプトゥーノフは父母に看取られて亡くなります。

ここで余談。ドラマ3話ではディアトロフが病室に調査に来たホミュックを「バター&キャビアサンドイッチを持ってないなら出てけ」って追い出してたけど、これは勿論文献にはない。思わず調べちゃったけど、パンにバター塗ってイクラ(赤いキャビア)を乗せたものをロシアでは食べるらしいよ。ディアトロフも被曝して変わり果てた姿になって入院してたのは本当。実際は相手はKGBだし厳しい尋問受けてたようです。

HBO『Chernobyl S01E05』
Chernobyl チェルノブイリ

ドラマでは事故前からアキーモフが「We did everything right.」って言ってましたが、これはキャラ作りとドラマ的表現であろうと思います。死にゆく中での必死の訴えを、言い聞かせてるとしても口癖に改変してしまうのは個人的には残念な気もしますが。

だって何かが起きる前からくり返し、自分たちは正しくやった=問題があっても俺らのせいじゃないって言ってたら回りはムカつくでしょう。笑。ドラマでもディアトロフは責任回避の弁解に聞こえて苛立ってたっぽいし。またそれ言う気だろって先回りしてたし。

それにこのドラマの流れだと、内心では間違っていると気づきつつ上司の命令に従うことを「正しくやった」と自己弁護的に言ってるけど、次項で説明する通り、実際の彼らは「本当にマニュアル通り正しくやった」はずなのに爆発してしまった、どうしてこんなことになったのか分からない、という意味でこの台詞を口にしていたので、ニュアンスが変わってしまっています。

 
でもドラマとして見ると、5話のテスト前の出力降下作業で下がりすぎてアキーモフがディアトロフを呼びに行って、この台詞のこと突っ込まれた辺りから、「Raise the power」連呼までのシーンは、ディアトロフ役のポール・リッターの罵倒・嫌味・脅しからの駄目押しの台詞回しとくどい演技が最高です!原発名列挙して、ここだけじゃなくてどこでも二度と働けなくしてやるって脅してるとこは、このドラマで一番好きなシーン。←好みがおかしい。
※日本語版で見た人、この辺がどう訳されてたか教えてください。知ってどうする…。

HBO『Chernobyl S01E05』
– Fucking amateurs. You stalled the reactor. How the fuck did you get this job?
– Comrade Dyatlov…
– You’re gonna tell me you did everything right again, you incompetent arsehole?
– I apologize for this unsatisfactory result.

アメドラ的悪役らしさを出してるだけか(脚本家クレイグ・メイジンはアメリカ人)、専門外のところから独学で副技師長の地位についた田舎者ぶり(意地悪に見たディアトロフの経歴)を表現しているのかは分かりませんが、それにしてもひどい台詞である。笑。このドラマで何回ディアトロフがf*ckって言ってるか数えようと思ったけど止めました。

Akimov pressed AZ-5, and then the reactor exploded.

ドラマでは5話のディアトロフたちの裁判(1987年7月の出来事)の中で語られる真相として爆発の晩の回想が入り、実際はこの場にいなかったレガソフたちが事故の説明をする流れになりますが、深刻な顔してホミュックが言ってた「開始が10時間遅れたことで経験の浅いトプトゥーノフがテストに参加することになったことが、事故の連鎖の始まり」って話は、その後に30MWまで下げてしまったことを指しています。

実際のディアトロフの説によれば「誰がやっても一定の確率で起きること」で、結果論でした。しかしこのために現実のトプトゥーノフは死んだ後まで責められ続けて、両親とディアトロフが潔白を訴えることになります。

※そのために炉の状態が不安定になったのは事実ですが、後のシュテインベルクの見解では運転員はその状態を知ることができる状況になかった、そして事前に原子炉の危険性を知らされていなかった以上、責任を負わせることは出来ないとしています。

 
記録によると、電源テスト前に出力を下げる準備を始めたのは事故の前日1986年4月25日。日付が変わった午前0時半頃に出力が下がり過ぎて30MWまで行ってしまったものの、200MWまで回復させた後に、循環ポンプのスイッチを入れたのが午前1時03,07分。

ドラマだと上に挙げたトプトゥーノフが炉をストールさせてディアトロフがf*cking言ってキレてる辺りが30MWのところ。レガソフの説明シーンと交互に切り替わりつつも、その後アキーモフが200MWの報告をして、ディアトロフがストリャルチュウクとキルシンバウムにスイッチを入れる指示を出しています。たまに映る時計の時間も合ってます。

そこでアキーモフが危険を訴えたのに無視したディアトロフの指示でスイッチを入れたら警報が鳴って、ストリャルチュウクが「We should stop.(止めるべきだ)」ってこっそり言ってアキーモフもうなずいてますが、みんなディアトロフが怖くて逆らえない。そしてディアトロフ自身がこの夜のテストにこだわったのは、昇進がかかっていたからという真相があったりします。

これらのシーンと台詞の中には以下が盛り込まれていました。

炉の中の制御棒の本数が許容数以下だった、低出力(700MWよりはるかに低い)のテストを強行した、規則の流量を超えた循環ポンプを炉につないだ、二基のタービンの停止信号を解除し、気水分離機内の水位と蒸気圧の保護信号を解除した、緊急炉心冷却装置を切り離した――6つの規則違反です(6つ目だけは厳密には前日の出来事)。

そしてドラマではディアトロフがそれらを命じたことになっていて、裁判の場でレガソフに糾弾されていました。それこそドラマが規則違反説で進むことの証明です。何故なら、後にシュテインベルクはこれらを「濡れ衣だった」と言って、IAEAもその説を認めたから。→ATOMICAの説明と下の表参照。

6つの規則違反と呼ばれたものの多くは、実際には規則違反でなかったか、あるいは規則違反であったとしてもその後の事故の進展に大きな影響はなかった。

つまり今の評価では、ドラマで散々煽ってた事故までの経緯は、実際には原因ではなかったと否定されています。ディアトロフは冤罪でした。※人間性を見ているのではなく、行為の内容を精査しています。笑。

 
そもそもドラマはディアトロフ悪人説で進んでいるので、エピソードと彼の性格をかなり誇張しています。規則違反説『内部告発』では、30MWまで下げてしまいディアトロフに罵倒され、早く上げろと無理強いされたトプトゥーノフがクビになるんじゃないかとおびえて、出力を上げるために制御棒を引き抜きすぎてしまった、という話になってます。ドラマの「Raise the power」のシーンですが、あの素敵な脅しの台詞は脚本家のオリジナルです。

そしてこの規則違反説自体も覆っているので、元のエピソードがどこまで実在したかどうかも定かではない。最初に欠陥説の文献と比較した爆発後の対応も、後の証言よりも彼らをより愚かで悪く書いていたように、文献自体が誇張されている可能性があるのです。

実際『Midnight in Chernobyl』では2説あると紹介していましたが、別の説もあります。それは裁判での本人の証言で、30MWの時は「その場にいなかった」というもの。これもドラマでは責任回避の偽証として改変されていた台詞ですが、元の場合はそもそも本当にいなくて、「いなかったので状況を見ていない」という意味で使っています。彼が行った時にはすでに30MWから出力が上がっていたって。その後に200MWまでの提案をしているのもアキーモフです。※後編ページで紹介する裁判記録PDFにも載っています。

いずれの説が本当かにしても、ドラマがキャラクター作りとして「悪いとこ取り」をして描いているのが分かると思います。ドラマとしては正しい。その方が面白いから。ただしそれは見ている側もフィクションと認識できている場合の話。さすがにドラマのディアトロフがそのまま史実通りと思う人はいないと思うけど…たぶん…。

現実には事故後の病院で彼とアキーモフらは原因を話し合っていた証言があり、彼らは「理由がわからなかった」のだから、テスト前のやりとりを理由とはみなしていなかったわけで、またトプトゥーノフも「マニュアルから外れたことはない」と訴え続けたわけで、無理強いされるような逸脱した行為はなかったのであろうと思われます。そして上でも書いたように、あの晩にディアトロフがこだわった動機である昇進エピソードも後に否定されています。

 
さていよいよ爆発の時間が迫ります。

午前1時22分30秒にトプトゥーノフがSKALAコンピューターのレポートにより、制御棒の本数が規定以下だと報告します。その前に予定の700MWより低出力で始めたことも後のトラブルにつながりますが、テストは強行されます。

午前1時23分04秒テスト開始。タービンを止めたことにより炉心の沸騰が起こり、出力が増加します。予期しない急上昇に慌て、午前1時23分40秒に『AZ-5』ボタンを押したものの、制御棒を引き抜きすぎていたことで間に合わず、炉の暴走によって爆発した。――これが旧ソ連の報告、規則違反説の爆発原因です。ボタンを押す前に高出力が発生してる。

ドラマはこの流れを映像で再現しています。トプトゥーノフが出力の上昇に気付いて、慌ててアキーモフがボタンを押したのが1986年4月26日午前1時23分40秒。

HBO『Chernobyl S01E05』
Chernobyl チェルノブイリ

ですがここも後に覆ります。

生き残ったディアトロフやストリャルチュウク、キルシンバウムたちの証言は等しく「1時23分40秒までは問題がなかった」てす。亡くなったアキーモフの証言でも同じことが言われています。規則違反説を唱える『内部告発』ですら、彼ら自身の証言は一貫して伝えてる。

『内部告発』 医師スマーギンの証言
「四月二十八、二十九日、最初の二日間、サーシャ・アキーモフがわれわれの病室に入ってきた。核火傷を負って黒褐色になり、ひどく落ち込んでいた。いったいなぜ爆発したのかわけがわからないと、そればかりを口に出していた。すべてはとてもうまく運んでいたのに。AZのボタンを押すまでは、すべてのパラメーターに逸脱は生じていなかった、というのだ。四月二十九日にかれは二度と帰らぬ旅を前にして、私に言った。痛みよりも、そのことが自分にはもっと辛いのだと……」

※同じ証言は『原発事故を問う』にも出てきます。

そして遂に1991年のシュテインベルク報告書が「1時23分40秒までは異常なく、AZ-5ボタンを押した後から異常が発生した」――欠陥説を認めます。

『原発事故を問う』 シュテインベルク報告書
「実験中は、炉の出力は安定しており、運転員の操作や警報の作動をうながすような兆候は何もなかった。一時二十三分四十秒、運転員がAZ-5スイッチを回したことが事故の発端となった。すなわち、制御棒の一斉挿入により、プラスの反応度が加わって出力が上昇、停止するはずの原子炉が逆に暴走を始めた」

補足するシュテインベルク本人の証言。
「われわれは、八六年にソ連政府事故調査委員会が集めた事故当日の四号炉のボイスレコーダー、出力データ、運転日誌などの資料を綿密に調べ直しました。そしてわかったことは、緊急炉心停止スイッチAZ-5を回した時点から原子炉の出力が急上昇したこと、また、その時点までの制御室のようすは、ボイスレコーダーによればまったく平穏であったということです。」

テスト中は炉も安定していて、警報も鳴ってない。ボタンを押すまでは何の問題もなかった。

これを受けてIAEAも公式報告の見直しをし、1992年の『INSAG-7』では6つの規則違反をほぼ否定して、原子炉の欠陥が事故に大きく関与したと改めます。ただし断定はしなかった。

※それを不服として実際のディアトロフはずっと冤罪を訴え続けることになります。→これが上で紹介した本の内容につながります。

いずれにせよ、ポジティブ・スクラムと正のボイド効果という構造上の制御棒の欠陥によって「1時23分40秒にAZ-5ボタンを押したことが原子炉の暴走につながった」という欠陥説が、現在では一般に直接の事故の原因とされています。
 

そもそも旧ソ連の報告書はどうして生まれたか?

記録された事実 午前1時23分40秒にボタンを押した
→問題があったから押す羽目になった=規則違反説
→押したら問題が起きた=欠陥説

規則違反説(人災)を補強するためです。それにはボタンの前にトラブルが起きている必要がありました。そして本人たちの証言は無視されました。

 
ドラマでは、実は押したら問題が起きる欠陥もあったのだ!と両方を混ぜて、押した後に更に出力が上がってレガソフが欠陥の存在を公表する流れになりますが、前者も採用したのは、基本が規則違反説で進むこと、ディアトロフの悪役エピソードを増やすためと、1時23分40秒にボタンを押す理由を作るため、逼迫した空気を作る演出もあると思います。ついでにドラマではキリ良く1時23分45秒に爆発したことにしてる。

でも、細かい点ですが、実際の事故の責任を問う際でここは一番重要なポイントでした。ディアトロフが本当に悪人だったかどうかとか、ドラマがこだわってた爆発の時間なんて実際はどうでもよくて(よくはない)、1時23分40秒の前か後か、それが全てでした。

だからこそ運転員たちは「1時23分40秒までは問題がなかった」「AZ-5ボタンを押すまでは何も起こらなかった」とくり返し、一方で旧ソ連はその証言を無視した説を報告したのです。IAEAが欠陥説を認めた後もディアトロフが100%にこだわったのも、自分と部下たちの完全な無実を訴えるため。

両方の説を混ぜたことで、争点が曖昧になってしまったのもこのドラマの残念な点のひとつ。ドラマを見てた人には、「欠陥もあったけどお前ら(特にディアトロフ)も悪かったんじゃん」って両成敗に見えてしまうから。

 
実際は、運転員の属性や規則違反と言われたものは直接の爆発の原因ではなく、本当の理由を隠すために後付けされたものだった。テスト中は炉は安定していた。彼らは制御棒の欠陥を知らなかった。何も後ろめたい状況はなく、爆発に全く心当たりがなかったからこそ「We did everything right.(すべて正しくやった)」と彼らは死ぬまでくり返したのです。そして後の欠陥説によって彼らの訴えは真実だと証明されました。これはとても重い言葉です。私が細かいところにこだわって延々書いているのも、それが理由です。

 
さてここで余談…と言いつつ確信につながる気もしますが、これらのドラマチックな流れについて、ひとつ興味深い話があります。

ディスカバリーチャンネルが2004年に製作した『Zero Hour(ゼロアワー)』というシリーズの『Disaster at Chernobyl(チェルノブイリ原発事故)』というドキュメンタリーでも、1時23分40秒前に問題が起きてディアトロフがトプトゥーノフたちに切れまくってる&制御棒にも欠陥があったという両者混ぜた説を流していたそうです。

『INSAG-7』の後に製作されているのに「ボタンを押す前は異常がなかった」って証言は紹介していなかったそうなので、ディスカバリーチャンネルの情報精度が疑わしくなってきましたが…、派手なエピソード(理由)があった方が番組的に盛り上がるからやっぱりそちらを選んだんでしょうか。他にも地下鉄サリン事件のドキュメンタリーなどもあったシリーズらしいですが。

そして、警報が鳴ったりディアトロフがキレてたりの爆発までの流れや、アパートの女性の背後の窓の向こうで原子炉が爆発していたり、蒸気を浴びて顔面血まみれの仲間を発見したところなど、そのドキュメンタリーのいくつかの印象的なシーンやエピソードが今回のHBOのドラマにそっくりだそうなので、両者を混ぜたのは単にこの番組を参考にしたからかも…。

このドキュメンタリーを見た人はぜひドラマと比較してみてください。※でも両方説はないのです。

ディスカバリーチャンネル ZERO HOUR
Disaster at Chernobyl - チェルノブイリ原発事故 [DVD]

レビューは参考になったって書いてる人ばかりだけど…。

問題がないなら1時23分40秒にどうしてボタンを押したのか?

実際の話に戻ると、アキーモフがAZ-5ボタンを押した理由と、その後の正確な爆発の時間は明らかになっていません。ボタンを押した回数や爆発は複数あったとも言われます。上にも書いてますがボタンを押したのはトプトゥーノフ説もあります。二人とも押してた可能性もあるかもしれない。

IAEA『INSAG-7』
At 01:23:40 the senior reactor control engineer pressed the manual emergency stop button (EPS-5). The Commission was unable to establish why the button was pressed.

最初にURLを紹介したIAEAの公式レポート『INSAG-7』76Pにも「1時23分40秒にシニア原子炉制御エンジニアがAZ-5(EPS-5)ボタンを押した。調査委員会はどうしてボタンが押されたか特定できなかった」って書いてあります。シニアエンジニアって書き方だとトプトゥーノフの方?

※近年はインタビューでディアトロフ本人が言ってた「(テストが無事に終わって炉を止めるためアキーモフの指示で)トプトゥーノフがボタンを押した」説が主流っぽい。

ともかく、どちらが?どうして?は、世界中の専門家が何度も検証したようですが、押した本人たちが死んでしまっているので、永遠の謎です。

そして、くどいですがもう一度書いておくと、「どうして押したか分からない」というのは、ボタンを押す前には、押さなければならない理由(トラブル)も見当たらなかったということを意味しています。

京都大学原子炉実験所(現・京都大学複合原子力科学研究所)
原子力安全研究グループ
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/

運転員はなぜAZ5ボタンを押したか?
-チェルノブイリ原発事故の暴走プロセス-(PDF)

http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/GN/GN0205F.pdf

『技術と人間』2002年5月号に寄稿された今中哲二氏の記事です。
このPDFには、当初の旧ソ連の報告による規則違反説と、その後の設計欠陥説(と地震説他)の詳しい説明も載っています。

これを書いている今中氏はチェルノブイリ事故の追跡調査もされた日本有数の原子力専門家の一人です。近年は福島の調査や講演も多数してる。この方ですら結局謎は解けていない。

後編『Chernobyl(チェルノブイリ3)』に続きます。